Up なわばり ≠「イオル」 作成: 2017-03-05
更新: 2018-12-25


      知里真志保 (1955), pp.136,137.
    以上述べてきたように、古くアイヌは山上に祭場をもち、そこで種々の祭を行ったのであります。
    今"ポリ・シリ"(親の・山)とか、"カムイ・シリ"(神・山)とか"カムイ・ヌプリ"(神・山)とか、"カムイ・エロキ"(神・そこに住む所)とか"カムイ・イワキ"(神・そこに住む所)とか云っているのは、古く頂上にそういう祭場のあった山で、それが後にアイヌのいう"チノミシリ"になるのであります。
    "チ・ノミ・シリ"(我ら・祭る・山)というのは、それぞれの家系に於て祭の際に必ずその山の神の名を呼んで酒を捧げて遙拝する山のことで、そのような遙拝を"パセ・オンカミ"(重要な礼拝)というのであります。
    "パセ・オンカミ"は今こそ遙拝の形で行われているけれども、古くは直接その山へ登ってそこにあった祭壇の前で行われたと考えられます。
    すなわち、古くは各所の山の麓に一定の神と特別な繋りをもつ血縁的な小集団が住んでいて、それぞれ山上に自己の奉仕する神の祭場をもっていたらしく、その時代に於ては直接山の祭場に行って祭を行う習いだったのが、後にはそれらの血縁的な集団が幾つか集って、地縁的により大きな部落を作るようになると、部落の中に共同の祭場をもつようになり、祭はすべてそこで行われるようになったのでありますが、それでもそれぞれの家系に於て、祖先の祭場であった山の山の神に対する祈願を、他の神々に対する祈願の中に折込んで、遙拝の形で丁重にそれを行うようになったものと考えられるのであります。
     なお、"カムイ・イワキ"から"イワ"という語が出ております。 イワというのは、今はただ山の意に用いておりますが、もとは祖先の祭場のある神聖な山を意味したようであります。
    今のアイヌ語で狩猟或いは漁撈に於ける部落世襲の縄張りを意味する "イオル"という語も、もとは"イワ・オロ"(iwa-oro イワの所)で、それぞれの家系の祖先の祭場のあった神聖な山のある所、すなわち彼等の祖先と特別の関係にあった神の支配する区域をさして云ったものと思われるのであります。

    「なわばり」は,収穫・生産のために占有する区域である。
    「イオル」は,「収穫・生産のために占有する区域」ではない。
    上の説明にあるように,あくまでも「祖先と特別の関係にあった神の支配する区域」である。

    「収穫・生産のために占有する区域」と「祖先と特別の関係にあった神の支配する区域」は,異なるカテゴリーである。
    土地としても,一致するものではない。
    一方,「イオル」のことばを「なわばり」の意味で使う者がいる。
    その者は,近代社会の「土地所有制」の観念に囚われている者である。


    引用文献
    • 知里真志保 (1955) :「アイヌ宗教成立の史的背景」
      • 知里真志保『和人は舟を食う』, 北海道出版企画センター, 2000, pp.107-137.