Up 「強制」? : 要旨 作成: 2018-12-24
更新: 2019-02-01


    "アイヌ"イデオロギーの者は,運上屋のアイヌ雇用を「強制労働」と定める。

    「強制」は,「アイヌが自ずから行うことを,やらさせない」を含意する。
    "アイヌ"イデオロギーの者および「アイヌ学者」は,つぎのように定めていることになる:
     《 アイヌは運上屋から,漁猟採集ではなく運上屋の仕事をするよう強いられた》
    そしてこれは,つぎのように定めているわけである:
     《 アイヌに「漁猟採集か運上屋か」の選択をさせたら,彼らは漁猟採集を択ぶ》

    さて,これは本当か?


    現代人に「漁猟採集か会社務めか」の選択をさせたら,会社務めを択ぶ。
    会社務めは,いろいろ嫌なことがある。
    それを知って会社務めを択ぶのは,漁猟採集がもっとたいへん (実際,現代人には不可能) であることを想うからである。

    漁猟採集の営みがたいへんであることは,アイヌも同じである。
    ひどく不安定であり,特に狩猟は個人差が大きく出る。
    いろいろ嫌な・つらいことが運上屋務めにはあってもこれを択ぶのは,漁猟採集専らで生業を立てるよりずっとましなところが,運上屋務めにはあるからである。

    実際,アイヌは,運上屋へ強制連行されたわけではない。
    運上屋から逃げられないふうに管理されていたわけでもない。

    上司と喧嘩して会社を辞める者は,アイヌにもいる:
      松浦武四郎 (1858), p.658
    家主土産取カメソウ六十一才、此者頗力も有、義気有、また漁業猟事も上手なりしが、近頃会所にて喧𠵅をなし、其よりして怒り、浜えは下らず。
    余是を此処にて呼、其訳を聞に、如此支配人()通辞に此場所を御任せ被置は、如何に土人可立行か。十年の後此千島のなり行こともがなとふと思ひ落涙せし ‥‥‥
    これが示すように,運上屋に雇われに行く・行かないは,基本的に当人の意志による。


    但し,漁猟採集の営みの大事な時期と運上屋務めの期間がかち合い,漁猟採集を犠牲にするよう強いられるという意味の「強制」は,ある。
    この強制に従う理由は,二つある。
    一つは,今後の待遇が悪くなることの懼れ。
    もう一つは,義理である。

    「強制」は,力を要しない。
    ひとは職場で嫌な仕事をいろいろ押しつけられるが,力で押しつけられるわけではない。
    一般に,<強制>を実現する方法は,《中間職の階層の上から下へ<部下にノルマを課す>を降ろす》である。 ──部下は,上司の板挟みの立場を慮って,ノルマを果たしてやろうとする。これが順々に下まで降りていく。 結果として,<強制>が成る。

    運上屋の人足集めは,役土人に依頼すればよい。
    役土人という中間職階層システムが,<強制>を果たしてくれるのである。


    引用文献
    • 松浦武四郎 (1858) :『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌』「戊午第三十九巻 東部 沙留誌 壱」
      • 高倉新一郎[校訂], 秋葉実[解読]『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中巻』, 北海道出版企画センター, 1985. pp.635-667.