「アイヌを代表して」のスタンスは,家柄・学業成績の優等と正の相関がある。
なぜこのように言えるのか。
「アイヌを代表して」のスタンスをとる者は,自分の著作の中で,自分の家柄・学業成績の優等を書く。
あるいは,彼らを持ち上げる書き物は,その中で彼らの家柄・学業成績の優等を書く。
「家柄の優等」の表現は,「コタンの長 (コタンコロクル) の家系」である。
なぜ,家柄・学業成績の優等を書くのか。
自分を相手に信用させるいちばん手っ取り早い方法が,家柄・学業成績の優等を示すことだからである。
学業成績が家柄と関係していることは,アイヌ,"アイヌ" の場合も同じである。
コタンの長には,能力の高い者がなる。
時代の変化に際しては,先見の明が利く。
そして,能力の高いから,他の員より,財力も強い。
そこで,子どもを学校にやる。
「<和人に同化>が,子どものためになること」と考えて,子どもを学校にやるのである。
その子どもは,親の DNA を受け継いでいるから,能力が高い。
「同化教育」によって,めきめき才能を伸ばしている。
「同化教育」は,"アイヌ" の間に,和人スタンダードでの能力格差をつくる。
エリート"アイヌ" は,「同化教育」のたまものである。
鳩沢佐美夫「遠い足音」,『山音』, 第38号, 1964.
『沙流川─鳩沢佐美夫遺稿』, 草風館, 1995. pp.45-151.
以下,『沙流川─鳩沢佐美夫遺稿』から引用:
|
pp.122,123
休み時聞に、校庭に出て遊んでいた為男は、用事を思いたって、教室に戻って来た。
と、誰もいない教室に、ミサ子だけが残っていた。
ミサ子は、教室の中央にある石炭ストーブの前に、椅子を持ち出して坐っていた。
為男は、何故か、カッカッと、してきた。
入口のところに突っ立っていたが、
「どけれ!」と、思わず怒鳴り散らした。
ミサ子は、びっくりしたように振り返った。
が、ニッと笑みをつくっただけで、動く素振りさえしなかった。
見ると、なにをするのか、デレッキをストーブの小窓から、火の中に刺し込んでいる。
為男は、足音も荒げて側に寄った。
「火焚くから、どけれ」
と、言って、押しのけようとした。
がミサ子は、それに逆う態度を見せた。
為男は、いよいよ我慢がならなくなった。
ミサ子の持っているデレッキをむしりとると、それでいきなり、彼女の頭を叩きつけた。
いいかげんに焼けたデレッキなので、ミサ子の髪の毛は、ジュッと焦げた。
ミサ子は、一瞬キョトンとして、為男を見やっていた。
が、ヒーン、ヒーンと、声を上げて泣き出した。
為男の全身は、小刻みに震えて、止まらなかった。
父親も母親もいないミサ子は、ときどきしか、学校へ来なかった。
父親が脳をわずらって、病院に入れられると、母親がどこかへ逃げてしまった。
父親も、病院へ入れられたまま、数年前に亡くなっていた。
ミサ子は、祖母のウエルパに、弟の文男といっしょに、育てられているのであった。
そんな話を、為男は、誰かから聞いて知っていた。
学校へ出て来ても、ミサ子は、ほとんど勉強をしているふうではなかった。
ぼんやりと、ただ黒板を見やっていて、ときどきコックリ、コックリ居眠りをしていた。
身装りも貧しく、髪の毛はだらりと、のびたままであった。
誰かが話しかけたりすると、その髪の下から不安そうに見ていてから、ニッと笑って、大き目の糸切り歯をのぞかせる。
女生徒たちは、ミサ子と、机を並べることさえみな厭がった。
そんなミサ子を、為男はなんとなく、可京想に思ったりして見ていた。
が、いつからか、憎むようになったのであった。
為男は、教室に入ろうとして、ミサ子を見かけたとき、思わず立ち竦んだ。
以前に──おまいなんか、ミサ子でないか──と、噛われたときのことを思い出したからであった。
あのとき、もしミサ子が側にいたのなら、叩きのばして──ぼく、ミサ子なんか、大嫌いなんだと、みんなの
前に、叫びたかった。
その出来事は、雪の解けかかった校舎の周りを、掃除していたときであった。‥‥‥
pp.126-128
それからというもの、為男は、ミサ子が憎らしくて、憎らしくてたまらなかった。
アイヌ!と言われたこと以上に、薄汚いミサ子と、対比させられたことが悔しいのであった。
為男に殴られたミサ子は、いつまでも泣きじゃくって止めなかった。
そのうちに、授業の鐘が鳴って、級友たちがどやどや教室に入ってきた。
泣いているミサ子を見ると、
「どうした?‥‥‥」と、側に集まった。
為男は、理由を説明する気にもなれなかった。
皆に囲まれると、ミサ子は、ヒーンヒーンと泣き声を引きずりながら、教室から出て行った。
そのうしろ姿を見ると、為男は何故か──もうミサ子は、学校へ来ないな──という気がした。
授業が始まって少し経ってからであった。校長が教科書を読み上げているとき、ガタガ夕、教室のガラス戸がゆすぶられた。
為男はびっくりして、入口のほうを見やった。
そこには、血相を変えたミサ子の祖母のウエルバが立っていた。
校長は、教科書を置いて、入口のほうに歩み寄った。
戸を開けるなり、
「なして、オラのミサ子ば、みんなで泣かしたんだ──」
と、いう声が教室に飛び込んできた。
校長は、気押されたように、
「そんなこと、知らん」と、のけぞった。
ウエルパは、いまにもつかみかかるように、
「ミサ子が、泣いて戻って来たんでないか」
と、校長に詰め寄った。
校長は戸惑ったように、ロをもぐもぐさせた。
「アイヌだとおもちて、パカにこくな──」
齢をとっているウエバなのに、体には鋼でも入っているような感じであった。
「し、しらん! 知らん」
と、校長は、一、二歩後退した。
「なしてオラのミサ子ばかり、いちもいじめるんだ──」
と、ウエルパは、なおもせまった。
校長は、いまいましそうに、
「知らんたら、知らん」と、言って、ウエルパを押し返し、教室の戸をびしゃんと閉めてしまっ
た。
校長に怒られるな‥‥‥と、為男は思った。
黒板の前に戻ると、校長は、眼鏡をはずし、ハンカチで拭いたりしている。
その顔を、まともに見ることができなかった。
が、意外なことに、教科書を取り上げると、さきほどのつづきを読み始めた。
為男は、安堵する間もなく、こんどはウエルバのことが気にかかり出した。
ウエルバは、拳を固めて、ガラス戸を叩きつけるような恰好をし、何事かを喚きたてている。
教室に飛び込んで来るのでないか、と、為男はそればかりが、気がかりであった。
ウエルバは、薪を背負って、よく学校の横を通る。
学校の横には、山へ通じる一本の道路がある。
枯木を拾いに行って、一と抱えぐらいの束をつくると、ウエルバは山を下って来るのであった。
それを見かけると、
「ウエルパ!ウエルパ」
と、生徒たちは、小馬鹿にした。
が、ウエルバはいつも、早足に歩み去っていた。
ある日に誰かが、
「ウエルパ!」と、小馬鹿にして、小石を投げつけた。
するとウエルパは、背負っている薪を投げ降し、中から一本引っこ抜くと
「誰だ!」と、振り上げて来た。
みんなは、ワーイ、ワーイと、囃したてながら、教室に逃げ込んだ。
裸足のウエルパは、どんなに怒っても、教室には入って来ないからであった。
そんなウエルバを、為男は、恐しく感じて見ていた。
しばらくの間、ウエルパは何事かを喚いていて、教室の前を離れなかった。
が、相手にされないと識ってか、苛立ったうしろ姿を見せて、引き退って行った。
為男は、やっと溜飲を下げるような思いになった。
が、何故か、校長の教科書を読み上げる声が、耳に入らなかった。
ウエルパも、泣いて戻ったのでないかな‥‥‥と、思っていたからであった。
|
|
|