Up | ただし,読みにくい | 作成: 2017-01-15 更新: 2017-01-15 |
理由の第一は,トリー(tree)構造に構成した内容を,本というシーケンシャル(sequential) な媒体にそのまま流し込んでいることである。 "アイヌ史" に当たるのは「第二章 近現代」であるが,これはつぎの構成になっている:
第二節 近現代 近時期 [1899年〜1945年]
第二項 前期 [1899年〜1923年] 第三項 中期 [1923年〜1937年] 第四項 後期 [1937年〜1945年]
第二項 前期 [1945年〜1960年前期] 第三項 前期以降 [1960年頃〜現在] これは,構成を押さえても,結構混乱させられる。 読みにくい理由の第二は,変形文庫本サイズだということである。 音楽の曲には,その内容にふさわしい音階の調がある。 同様に,論考の本にはその内容にふさわしいサイズというものがある。 文庫本がふさわしいのは,小説のように,時系列で展開していくストーリーである。 『アイヌ史/概説』の論考の特長/スペシャリティーは,<構成>である。 <構成>は,文章を本に流し込むだけでも壊れてしまう。 このなかで,<構成>を見えるようにする方法は,文書のレイアウトである。 このレイアウトが,文庫本では無理なものになる。 『アイヌ史/概説』は,「論考を本の型に流し込んだ」であって,「論考を本にした」にはなっていない。 読みにくい理由の第三は,文章が相手に読ませるふうになっていないことである。 婉曲な物言いと,一つの文の長ったらしさが,読みにくくしている。 「ロジックはきちんと立っているが,表現がともなっていない」の様である。 尤も,婉曲な物言いは,《言いにくい》が多分にあるからだろう。 河本は "アイヌ" (彼の用語では「ニュー=アイヌ」) の自家撞着を論ずるが,彼はかつてこの自家撞着を増長させた張本人である。 読みにくい理由の第四は,時代区分の構成であり,内容による区分がされないということである。 読者には,この構成をテーマ毎に縦に切ること──通時的再構成──が課せられる。 時代区分で分断されたテーマを,自分でつなぐわけである。 読みにくい理由の最後として,「内容の本来的わかりにくさ」を挙げる。 この書の内容は,「系の遷移──構造とダイナミクス」である。 「系の遷移──構造とダイナミクス」は,これを鍛錬したことの無い者には,意味不明のものになる。 「学者」でも,鍛錬したことの無い者の方が多数派である。 特に,<善玉・悪玉>を世界認識の枠にしている者たち── "アイヌ"史に「アイヌ悲哀史」を期待している向き──は,この本の読者にはなれない。 「系の遷移──構造とダイナミクス」は,「是非も無し」になるからである。 |