Up 人間格差生態学 : スカベンジャーたち 作成: 2023-11-27
更新: 2023-11-27


    生態学/生物学に,「スカベンジャー (scavenger)」という概念がある。
    生物の排泄物や屍体は,土や大気に返る。
    土や大気に返るのは,土や大気に返す仕事をしている者たちがいるからである。
    この者たちを,スカベンジャーと謂う。

    スカベンジャーはなぜ現れたか?
    生物は,自分が生きられる養分を開拓する存在だからである。
    排泄物や屍体に対しては,それを養分にして生きようとする生物が現れる。
    これが,スカベンジャーである。

    スカベンジャーも,排泄しそして死ぬ存在である。
    よって,スカベンジャーのうちにも,排泄物・屍体利用の階層が出来上がる。


    人間にも,スカベンジャーとその階層が存在している。
    ただし,その存在を具体的に捉えるには,調査という作業が要る。
    それは簡単な作業ではないので,調査として成ったものは貴重である。

    NHK の 2023-11-25 放送の番組「人新世 ある村にて」は,プラスチック廃棄物のスカベンジャーたちの調査 (取材) であった。
    もちろん,その番組は「プラスチック廃棄物のスカベンジャーたち」のような物言いはしない。
    「プラスチック廃棄物のスカベンジャーたち」は,科学をするときの言い回しである。
    科学は本質直視・構造直視が立場なので,その物言いは露骨になる。

    番組の内容は,つぎのように要約される:
    1. 先進国は自分のプラスチック廃棄物を,「輸出」の形で,後進国に捨ててきた。
      しかし後進国も「エコロジー」の考えをもつようになり,プラスチック廃棄物の輸入に規制をかけるようになった。
      プラスチック廃棄物を引き続き後進国に捨てようとすれば,ズルをしなければならない。
    2. で,この度のそのズルは,古紙にプラスチック廃棄物を混ぜて「古紙」として輸出する。
      舞台はインドネシア。
      「古紙」は,製紙工場に行く。
      製紙工場は,廃棄物を水に浸けて古紙を溶かすという方法で,紙を分別する。
      残りの濡れたプラスチックは,トラックに積まれ,これが生活の糧になる村に運ばれる。
      村人は,直接金になる物を()り分けつつ,濡れたプラスチックを天日に干して乾かす。
      そして,乾いたプラスチックを,揚げ物工場に売る。
      揚げ物工場は,プラスチックを燃料として使う。
      工場の煙突からは,ひどい異臭とともに,煤・ダイオキシン・二酸化炭素等々が放出されるという仕組み。


    先進国が謳っている「クリーン」は,どこかが帳尻を合わせている。
    「二酸化炭素を出さない」は,どこかが帳尻を合わせている。

    この「帳尻を合わせる」の意味がわかるためには,物理学の「エネルギー保存則」や化学の「科学反応式」を知っている必要がある。
    先進国は「クリーンエネルギー」「脱炭素」のことばに浮かれている(てい)だが,それが成っているのは,「エネルギー保存則」や「科学反応式」に対する大衆の無知のおかげである。


    先進国は,「倫理」というイデオロギーを発達させてきた。
    倫理は宗教と同じで,その効用は現実を忘れさせることである。
    先進国は,倫理を以て,スカベンジャーを底辺とする人間格差を否定する。
    同時に,実生活を以て,この人間格差を肯定する。

    先進国とは,大量生産・大量消費の肯定のことである。
    GDP は拡大し続けねばならず,賃金は上昇し続けねばならない。
    そして大量生産・大量消費は,大量廃棄である。
    大量廃棄は,スカベンジャーが大量に現れてくれることを求める。
    かくして,スカベンジャーが存在するという人間格差は,絶対なのである。


    先進国は,これまで後進国をスカベンジャーにしてきた。
    しかしここに,後進国が自国の「クリーン」を考えるようになってきた。
    今後は,<先進国の廃棄物投棄の場所>の役割を返上するようになっていく。
    さて先進国は,どうする?

    スカベンジャーを後進国から自国に呼び寄せることになる。
    そしてそれができるための法整備をすることになる。
    これは,先進国が移民の国になるということである。

    先進国が移民の国になることは,必然である。
    国粋主義者は移民排斥を唱えることになるが,それは「移民」の意味を知らないからである。
    移民の国にならないとは,大量廃棄物が露出するか,そうでなければ自国民の一定割合をスカベンジャーに固定する,ということなのである。


    政府は,「技能実習」制度を「特定技能」制度に移行した。
    ひとはこれを「人道的配慮」みたいに思っているが,それはプロパガンダがうまくいっているということである。
    本質はそうではない。
    「特定技能」制度は,日本が移民の国になるための法整備である。

      「特定技能」制度では,ビザの種類が「特定技能ビザ」になる。
      従来の就労ビザが「高度で専門的な技能を持つ」を要件にしていたのに対し,「特定技能ビザ」は (「特定技能」の言い回しとは真逆に) 就業内容を問わない。
      「特定産業分野」として受入業種を定めているが,実際はどの業種も含まれるようになっている。
      さらに,「特定技能ビザ」は「ビザ1号・2号」の便法がつくられていて,更新によって日本に永住できるようになっている。
      よって永住権取得の道も開けている。

    ここで「スカベンジャー」には広い意味がつくことに注意。
    「特定技能」制度では老人介護職に移民がつくことを当て込んでいるが,老人介護職も本質は「スカベンジャー」である。

      棄老風習 (「姥捨て」) は,「老人介護」の本質を示している。
      「老人介護」は,廃棄物処理である。
      棄老ではなく「介護」を択ばせ,「老人介護」が廃棄物処理であることを直視させなくしているものは,倫理イデオロギーである。
      生物一般はこの倫理イデオロギーと無縁であるので,「老人介護」というものは存在しない。


    移民の国は,移民がだんだんと国の主役になっていく。
    自国民も移民も能力はいっしょだからである。
    スカベンジャーに留まる者がいる一方で,政治経済の中央へと進出する者がどんどん出てくる。
    彼らは,「格差」がバネになっているので,覇気が自ずと高くなるのである。
    こうして,スカベンジャーになるのに,自国民・移民の別は関係なくなる。
    すると今度は,「移民に仕事を奪われた!」を叫ぶ反移民キャンペーンが起こる。
    これの日本の先進国は,欧米である。
    日本の将来として,よくよく観察すべし。


    後進国を利用できなくなった先進国は,<先進国─後進国>構造を自国の中につくることになる。
    それは,社会を格差社会にしていくということである。
    しかし大量生産・大量消費は,もう成り立たない。
    大量廃棄が(つか)えるという面でも,大量生産・大量消費は成り立たなくなる。
    こうして先進国は黄昏れる。
    先進国の黄昏は,構造的に必然なのである。──盛者必衰。