Up | アベノミクス | 作成: 2021-11-26 更新: 2021-11-26 |
ここで「たいしてことがない」の意味は,「これまでの常識で考えれば,こんなもんで済むわけがない」である。 これまでの常識で考えれば,失業者が大量に発生し,消費が落ち込み,企業が倒産し,失業者が発生し,‥‥‥,となって,「恐慌」と呼ばれるスパイラルに入って行く。 どうしてこうなっていないのか? 「財政出動」として,金のバラマキをやったからである。 これによって,失業者の大量発生とはならず,企業倒産も少しで収まった。 金のバラマキは,<政府─日銀>の連携プレイである。 この連携をはっきり財政として打ち出したのが,アベノミクスである。 というわけで,この度はアベノミクスが当たったわけである。 そこで,金のバラマキがこんなにうまくいくものなら,なぜこれまでこれを使ってこなかったのか?の疑問になる。 答えは,「コロンブスの卵」。 経済は,ひとの理解できないものなのである。 経済学者や経済アナリストはわかったようなことを言うが,素人考えの域の中である。 その時々の思い込みを言っているだけである。 世界恐慌のときは,失業者に職を与えるために公共事業を使った。 以来,公共事業が,不況対策・景気浮揚対策の方法になった。 財政出動とは,公共事業を興すことであった。 それは「箱モノ行政」と批判されたが,もともと事業内容はどうでもよいのである。 しかし「バラマキ」を知ったところから「公共事業」の手法を改めて見れば,これはまどろっこしいことをやっている。 事業内容がどうでもよいものなら,最初から金を与えればよいのである。 しかも,公共事業だと要らぬことをやってしまうが,金を与えれば個々が意味のあることに使う。 また,<小泉ー竹中>の「構造改革」財政は世の中のシステムの破壊になったが,<安倍─黒田>の「バラマキ」財政だとその手の破壊も無い。 何か変な感じなのだが,少なくともここまでは決定的なデメリットが浮かんで来ていない。 ちなみに,ひとはアベノミクスをこのようなもの──「バラマキ」を財政の方法論にして,これを実行していこうとするもの──とは思っていない。 というよりも,このことばをしょっちゅう聞かされるが,それが何かを知らないという 為政者は,身も蓋も無い言い方をするはずもなく,美辞麗句で煙に巻いた物言いを用いるからである。 さてこの「バラマキ」だが,新手の共産主義になっている。 「必要に応じて受け取る」の実現だからである。 実際,「金のバラマキ」の要求は,社会主義・共産主義の政党であるほど熱心になる。 「新型コロナ」では,昨年度は補正予算を3回組んで,それぞれ 48.4兆円, 72.7 兆円,40 兆円──計161.1 兆円──を財政支出した。 そして今年度は,財政支出 55.7兆円の補正予算が組まれる。 これに対し税収は,昨年度が 55.1兆円, 今年度は 57.4兆円である。 予算は税収と帳尻を合わせた会計が原則だが,これでは間に合わない。 ──いまは,社会保障給付金と地方交付金だけで 90兆円である! そこで,別の会計を加える。 前者が「一般会計」,後者が「特別会計」というわけだ。 当然,特別予算の方が額が大きくなる。 ここで,税収をはるかに超える収入額をどこからもってくるか。 「日銀の国債引き受け」である。 政府が○兆円造ってくれと日銀に言い,日銀がこれに応じて○兆円を造る。 「日銀の国債引き受け」は御法度であったが,これを天下晴れて堂々とできるようにしたのがアベノミクスというわけである。 これには,歴代政権が金づるにしてきた郵政機関が小泉政権によって潰されたという事情もある。 <金造り>が随意なら,税収は意味の無いものになる。 そして税収が形骸化するとき,それは「必要に応じて受け取る」の実現である。 ──リフレイン:「バラマキ」は,新手の共産主義。 ひとが「バラマキ」に問題を見るとすれば,「だれも働かなくなるのでは?」である。 しかしこのときの「必要に応じて」は,「生活をなんとか保つ必要に応じて」である。 実際,コロナ給付を受けてきている者たちは,給付生活者に甘んじようという者にはなっていない。 彼らは,「これではぜんぜん足りない」を言う。 元のように仕事ができることを期しているわけである。 それでも何か釈然としない。 そう,物事は功罪相半ばであり,功は罪と表裏である。 金造り財政の<罪>がいま見えてこないのは,経済が途轍もない複雑系だからである。 「国の借金」はいま1千兆円を超えたところだがこれが1京円くらいになったとき,ようやくはっきり見えてくるようなものなのかも知れない。 |