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庭訓往来

春の始の御悦、貴方に向て先づ祝ひ申し候ひ訖ぬ、富貴万福猶以て幸甚々々、抑歳の初の朝拝は、朔日元三の次を以て急ぎ申す可きの処人々子の日の遊びに駈り催さるゝの間思ひ乍ら延引す、谷の鶯の檐の花を忘れ、苑の小蝶の日影に遊ぶに似たり、頗る本意を背き候ひ訖ぬ、将又、楊弓雀小弓の勝負、笠懸、流鏑、小串の会、草鹿円物の遊、三々九の手夾八的等の曲節、近日打続き之を経営す、尋常の射手、馳挽の達者、少々御誘引有て、思し食し立ち給はば、本望也、心事多しと雖も、参会の次を期せんが為に、委く腐毫に能はず、恐々謹言

正月五日

左衛門尉藤原

謹上  石見守殿

 

改年の吉慶、御意に任せられ候の条、先づ以て目出度覚え候、自他の嘉幸千万々々、御芳札披見の処、青陽の遊宴、殊に珍重に候、堅凍早く脱け、薄霞忽に披く、即ち拝仕を促す可きの処に、自他の故障、不慮の至り也、百手の達者、究竟の上手、一両輩同道す可き也、但し的矢、蟇目等は、無沙汰憚り入り候、一種一瓶は、衆中の課役、賭、引出物は亭主の奔走歟、内々御意を得らる可し、万事物総の際一二に能はず、併ら面謁の時を期し候、恐々謹言

正月六日  

石見守中原

謹上  源左衛門尉殿

 

面拝の後、中絶良久しく、遺恨山の如し、何れの時か意霧を散ぜん哉、併ら胡越を隔つるに似たり、猶以て千悔/\、抑醍醐雲林院の花、濃香芬々として匂已に盛ん也、嵯峨芳野の山桜、開落条を交ふ、黙止難きは此節也、争でか徒然おして、光陰を送らん哉、花の下の好士、諸家の狂仁雲の如く霞に似たり、遠所の花は、乗物僮僕、合期し難し、先づ近隣の名花、歩行の儀を以て思ひ立つ事に候、左道の様為りと雖も、異体の形を以て、明後日御同心候はば、本望也、連歌の宗匠和歌の達者、一両輩御誘引有る可し、其次を以て、詩聯句の詠同じく所望に候、破籠竹筒等は、是自随身す可し、硯懐紙等は、懐中せらる可き歟、如何、心底の趣紙上に尽し難し、併ら参会の次を期す、不具恐々謹言

二月廿三日  

弾正忠三善

謹上  大監物殿

 

是自申さしめんと欲し候の処に、遮つて恩問に預り候、御同心の至り、多生の嘉会也、抑花の底の会の事、花鳥風月は好士の学ぶ所、詩歌管弦は嘉齢延年の方也、御勧進の体、本懐に相叶ひ候者を哉、後苑庭前の花、深山聚樹の桜、誠に以て、開敷の最中也、若し今明の際に、暴風霖雨有らば、無念の事也、同じくは、片時も急ぎ度存ぜしめ候所也、倭歌は、人丸赤人の古風を仰ぐと雖も、未だ長歌、短歌、旋頭、混本、折句、沓冠の風情を究ず、(連歌は、無情寂忍の旧徹を学ぶと雖も、未だ)輪廻、傍題、打越、落題の体を(弁ず)、詩聯句は、菅家江家の旧流を汲乍ら、更に序、表、賦、題、傍絶、韻声の質を忘る、頗る猿猴の人に似たるが如く、蛍火の燈を痛むに同じ、然ども、人数の一分に召加へられば、殆後日の恥辱を招く可し、執筆、発句、賦物以下、才学未練の間、当座に定めて赤面に及ぶ可き歟、聊用意有る可きの由の事、承り候ひ訖ぬ、形の如くの稽古を致す可し、公私総忙として、毛挙に遑あらず、恐々謹言

二月廿三日  

監物丞源

謹上  弾正忠殿(御返事)

 

祝言、今に於ては、事旧候と雖も、猶以て、珍重々々、慶賀日を逐て重畳、家門年を迎へて繁昌、自他際限有る可からず、早く参賀せしむ可く候、抑、御領人部相違無く候の条、先づ以て神妙の由、御感候也、其に就て、四至傍爾の境 阡陌聊も他所に混乱せらる可からず、精廉の沙汰を到さるゝの条、奉公の忠勤也、厨完飯相違無くんば、早く沙汰人等に課せて、地下の目録取帳以下の文書、済例納法注文、悉く召し進ぜらる可き也、容隠の輩、隠田の族を、罪科の為に、名字交名を注進す可し、且く東作の業の事、兼て水旱の年を相し、須く迪迫の地を計つて、所務を致さるべし、開作の地有らば、農人を招き居へ、之を開発せしめ、猶用水の便りに任す可くは土民の役と為て、堤、井、溝を修固す可き者也、佃御正作の勧農は、迫地を除きて熟田を撰び、急ぎ種子農料を下行せしめ、鋤、鍬、犂等の農具を促し耕作せしめ、粳、糯、早稲、晩稲等、西収の期に苅頴舂法の既得なることを願ふ可し、次に畠の事、蕎麦、大豆、小豆、大角豆、黍、粟、麦、稗等、畑、山畠の乾熟に随て、桑代加地子を課す可し、毎年実検の節を遂げて、敢て以て、自由の依怙を存ず可からず、次に御館造作の事、各別の作事有る可からず、奉行は早く四方に大堀を構へ、其内に築地を用意す可し、棟門、唐門は、斟酌の儀有り平門、上土門、薬医門の際に於ては、之を相計ふ可し、寝殿は厚萱葺、板庇、廊の中門、渡殿は裏板葺、侍、御厩、会所、囲炉裏の間、学文所公文所政所、膳所、台所、贄殿部屋四阿桟敷健児所は、葦萱葺に支度す可き也、南向には笠懸の馬場を通し、埒を結はしめ、同じく的山を築く可し、東向には、蹴鞠の坪を構へ、四本懸を植ゑられ、泉水、立石、築山、遣水、眺望に任せ、方角に随て、禁忌無き様に、之を相計ふ可し、客殿に相続で、檜皮葺の持仏堂を立つ可し、礼堂、菴室、休所は、先づ仮葺也、傍に又土蔵 文庫を構ふ可し、其中間は塀也、後苑の樹木、四壁の脩竹、前栽の茶園、同じく調へ植へ可き也、仰せ下さるる条々、怠慢無く勤仕せられば忠賞せらる可きの旨、仰せられ候所也、恐々謹言

三月七日  

玄蕃允平

謹上  御政所殿

 

仰せ下さるる条々、具に以て承り候ひ訖ぬ、聊も等閑を存ず可からず候也、抑御下文、御教書、厳重の間、入部の使節異議無く、彼所に莅で遵行せしめ候ひ畢ぬ、吉書は、吉日良辰を撰ぶ行はしめ、耕作の業の最中也、地下の文書の事、或は紛失、或は失墜錯乱の由、沙汰人等構へ申すに依て、延引の条、恐れ入り候、事の実否、又土貢の員数等、尋ね捜て追て注進申す可き也、作事は桁、梁、柱、長押、棟木、板敷、材木は、虹梁為るの間、杣取らんが為に誂へしめ候ひ畢ぬ、門の冠木、扉の装束、唐居敷の板、(貫木、)鼠走、方立、雲臂木、懸魚、蟇股の木、并に鴨居、敷居、垂木、木舞、破風、関板、飛檐、角木、縁の短柱、簀子、唐垣、透墻、柴垣、築墻、檜垣、椙障子、厨子、連子、遣戸、妻戸、織戸、決入、高欄、宇立、叉首、足堅、天井の縁、障子の骨、棟樋、組押の榑、襲の木、檜曾、水門、葺地の具足は、津湊に於て、之を買はせしむ可し、山造りの斧、鉞、釿、鐇、并に造作の釘、金物は、炭鉄を用意し、鍛冶を召し居へ、造作せしめ候也、木工の寮、修理職の大工に仰せて、巧匠を召し下され、釿立、礎居、柱立、精鉋、棟上の吉日は、陰陽の頭に課せて之を定め下さる可し、次に樹木の事、梅、桃、李、楊梅、枇杷、杏、栗、柿、梨子、椎、榛、柘榴、棗、樹淡、(木練、)柚柑、柑子、橘、雲州橘、橘柑、棆檎、柚以下、心の及ぶ所尋ね殖ゑしめ候ひ訖ぬ、猶御日記を以て仰せ下さる可く、諸事御左右に随ふ可し、又申し入る可き子細候と雖も、御領田堵、土民、名主、庄官等、野心を存ずるの間、条々末落居に候、責伏せて後、参上を遂げ、申し入る可く候の旨、披露せしめ給ふ可き者也、恐々謹言

三月十三日  

左衛門志橘

進上  玄蕃允殿 御返報

 

久しく案内を啓せざるの間、不審千万、何等の御事候哉、抑御領興行の段、黎民の竈には朝夕の煙厚く、百姓の門には東西の業繁し、仁政の甚しきが致す所也、賞罰厳重に人の堪否を知る、理非分明に物の奸直を糺すは、万民の帰する所也、心に寛宥の扶を存じ、強ちに其侘際を好ざるは、所領静謐の基也、毛を吹て過怠の疵を求む可からず、凡そ先日仰せ下さるゝ、市町興行、廻船着岸の津、并に狩山、漁捕、河狩、野牧の事定めて遵行せらるる歟、市町は辻子小路を通し、見世棚を構へしめ、絹布の類ひ、贄菓子、売買の便り有るの様に相計らはる可き也、招き居ゑ可き輩は、鍛冶、鋳物師、巧匠、番匠、木道并に金銀銅の細工、紺掻、染殿、綾織、蚕養、伯楽、牧士、炭焼、樵夫、檜物師、轆轤師、塗師、蒔画師、紙漉、唐紙師、笠張、蓑売、廻船人、水主、梶取、漁客、海人、朱砂、白粉焼、櫛引、烏帽子(織)、商人、沽酒、酢作り、弓矢細工、深草の土器作り、葺主、壁塗、猟師、狩人猿楽田楽、師子舞、傀儡子琵琶法師県御子傾城白拍子遊女、夜発の輩、并に医師陰陽師、絵師、仏師、摺(師、経師)、縫物師、武芸、相撲の族、或は禅律の両僧、聖道浄土の碩学顕教密宗の学生修験の行者、効験の貴僧、智者、上人、紀典仙経の儒者、明法明経道の学士、詩歌の宗匠、管弦の上手、引声短声の声名師、一念多念の名僧、検断所務の沙汰人、清書草案の手書、真字仮字の能書、梵字漢字の達者、宏才利口の者、弁舌博覧の類い、王給、仲人等尤も大切也、屑有るの族を招き居へ、公私の役に召し仕わる可し、毎事後日を期し候、恐々謹言

卯月五日  

前采女正

中務丞殿

 

仰せ下さるゝの旨、畏て拝見仕り候ひ畢竟ぬ、抑先度の御事書に就て、芸才七座の店、諸国の商人、旅客の宿所、運送売買の津、悉く遵行せしめ候、交易、合期、公程の潤色何事か之に如ん哉、定役の公事、臨時の課役、月迫の上分、節季の年預、更に遁避す可からざる歟、凡そ京の町人、浜の商人、鎌倉の誂物、宰府の交易、室兵庫の船頭、淀河尻の刀禰大津坂本の馬借鳥羽白河の車借、泊々の借上、湊々の替銭、浦々の問丸、割府を以て、之を進上し、俶載に任せて之を運送す、次に、大舎人の綾、大津の練貫、六条の染物、猪熊の紺、宇治の布、大宮の絹、烏丸の烏帽子、室町の伯楽、手島筵、嵯峨の土器、奈良刀、高野剃刀、大原の薪、小野の炭、小柴の黛、城殿の扇、仁和寺の眉作り、姉小路の針、鞍馬の木牙漬、醍醐の烏頭布、西山の心太、此外、加賀絹、丹後精好、美濃の上品、尾張の八丈、信濃の布、常陸の紬、上野の綿、上総の鞦、武蔵鐙、佐渡沓、伊勢の切付、伊予簾、讃岐円座、同じき檀紙、播磨椙原、備前刀、出雲の鍬、甲斐の駒、長門の牛、奥州の金、備中の鉄、越後の塩引、隠岐の鮑、周防の鯖、近江鮒、淀鯉、土佐の材木、安芸の榑、能登の釜、河内の鍋、備後の酒、和泉酢、若狭椎、宰府の栗、宇賀の昆布、松浦の鰯、夷の鮭、奥漆、筑紫穀、或は異国の唐物、高麗の珍物雲の如く、霞の如し、交易売買の利潤は、四条五条の辻に超過す、往来出入の貴賤は、京都鎌倉の町に異ならず、凡そ御領豊饒にして、甲乙人福祐せしめ、屋作家風尋常にして、上下已に神妙也、急ぎ居御下着有て、高覧有る可き歟、須く御迎の夫力者を催し進ずべき也、恐々謹言

卯月十一日  

中務丞日奉

進上  采女正殿 御返事

 

良久しく面謁を隔つ、積鬱山の如し、何れの日か朦霧を披ん哉、面談に非んば、更に之を謝す可からず、併ら参会を期す、抑、関東下向の大名、高家の人々、路次の便りを以て、打寄す可きの由、内々其聞え候、折節草亭見苦敷、資具、又散々の式也、御扶持に預らずんば、今度の恥辱を隠し難し、助成せられば、生涯の大幸也、臨時居の客人、纏頭の外、他無し、率爾の経営、周章の至り、忙然也、無心の所望為りと雖も、縵幕、同じく幕串、高麗端の畳、深縁の差筵、屏風、几帳、翆簾、恩借せられば、人夫を以て之を送り賜ふ可し、此外打銚子、金色の提、青漆の鉢、茶碗の具、高坏、懸盤、引入れ合子、皿、盞、油、蝋燭、鉄輪以下、注文を進じ候、悉く以て借し預らば夫丸を進ず可き也、家人若党并に家来の仁等、皆以て無骨の田舎人に候、配膳、勧盃、料理、包丁、或は盛物以下、故実の職は、一両輩雇しめ給ふ可き也、万事父母の思ひを成し奉り畢ぬ、敢て以て棄損せらる可からず、併ら参拝を期す、不具、恐々謹言

五月九日  

左京進平

進上  蔵人将監殿 御館

 

不審の処に、玉章忽に到来す、更に余鬱を貽すこと無し、便宜を以て徘徊せられば、尤も本望に候也、抑客人光臨結構、奔走察し奉り候、借用せらるる所の具足等、所持の分に於ては、之を進じ候、燈台、火鉢、蝋燭の台、注文に載せられず候と雖も、進ずる所也、能米、馬の大豆、秣、糠、藁、味噌、醤、酢、酒、塩梅、并に初献の料、海月、熨斗鮑、梅干、削物は、干鰹、円鮑、干蛸、魚の躬、煎海鼠、生物は、鯛、鱸、鯉、鮒、鯔、王余魚、雉、兎、鳫、鴨、鵠、鶇、鶉、雲雀、水鳥、山鳥一番、塩肴は、鮎の白干、鮪の黒作り、鱒の禁割、鮭の塩引、鯵の鮨、鯖の塩漬、干鳥、干兎、干鹿、干江豚、豕の焼皮、熊掌、狸の沢渡り、猿の木取、鳥醤、蟹味噌、海鼠腸、琢(正しくは魚篇)鰭(うるか)、鱗、烏賊、辛螺、蛤、蛯交の雑喉、或は、之を買ひ貮(元字は人篇)り或は之を乞ひ索め、進ぜしめ候、猶以て不足の事候はば使者を給ふ可き也、恐々謹言

五月日  

大夫将監大江

左京進殿 御返事

 

此間は、連々の物総(元字は糸篇無し)に依て、互に密々の雑談を忘る、誠に不慮の至り也、抑既に静謐に属するの間、鵜鷹逍遥の為に、参入せしめんと欲し候の処、謀叛、反逆の凶徒、籌策を廻し、盗賊狼狽の悪党を引卒して、国々に蜂起せしめ、山賊、海賊、強竊二盗の徒党、所々に横行せしめて、人の財産を奪取り、土民の住宅を追捕し、旅人の衣裳を剥ぎ取るの間、誅罰追討の為に、大将軍、方々に発向せらるゝに依て、当家の一族同じく彼の戦場に馳せ向ひて、城郭を破却し、楯籠る所の賊徒を追罰して、要害を警固す可しと云々、之に依て近日進発せしめんと欲し候処、此間戦場の武具乗馬以下、員を尽して失ひ候ひ訖ぬ、着棄の鎧、宿直の腹巻、并に御乗替等、御助成候はば然可き也、今度の出立は、当家の眉目、一門の先途也、門葉の人々、粉骨の合戦を致す可きの旨、約諾せしめ候、若し、存命仕り候はば、再会の時申し入る可く候也、就中、将軍家の御教書、厳重の上、幌、御旗等を下し給るの間、内戚外戚の一族、一揆せしむる者也、且は戦功の忠否に依り、且は軍忠の浅深に随て、朝恩に欲す、譜代相伝の分領、一所懸命の地に於ては、相違有る可からざる者を哉、余命を顧みざるに依て、心底を残さず候、併ら御許容を仰ぐ、恐々謹言

六月七日  

勘解由次官小野

謹上  後藤兵部丞殿

 

只今、使者を以て申さしめんと欲し候の処、遮て音信に預り候の条、本懐に相ひ叶ふ者也、殊に以て喜悦々々、抑戦場御進発の事、夜前始めて奉り候所也、綸旨、院宣は、大底の規式、令旨官府宣は、今の指南に非ず、大将軍、副将軍の御教書、傍輩軍勢、催促、信用の限りに非ず、将軍家の御教書、執事の施行、侍所の奉書は、規模也、且は佳例、且は先規也、申沙汰せらる可し、反逆の輩に於ては、後昆の為に、与同張本の族を貽さず、之を誅せられ、強竊の党類に至ては同意贔屓の徒党を尋ね捜て、搦捕らる可し、凡そ生虜分取は、軍忠の専一、軍旅の高名也、能々用意せらる可き也、次に武具の事、見苦敷候と雖も、紫糸、青黄糸綴、卯の花威、黒糸の鎧、赤革黄革の腹巻、唐綾、小桜、黒革威、大荒目の筒丸、フシ(木篇に君)縄目、紺糸綴りの腹当、星白、竜頭、四方白の胄、各一刎、同じき色の袖、并に手蓋、臑当、半首、垂懸、鍍袴、逆頬、箙、胡録(元字は竹冠)(やなぐい)、石打の征矢、筋切府、妻黒の箆矢、鵠、トウ(年に鳥)、鶴の本白等、尻籠、鷹の羽の鳫俣、鷲の羽のトガリ(峰の山に替り金篇)矢、各腰当を相具す、弓は、本重藤の塗籠、糸裹等也、絃巻を加へ畢ぬ、太刀は、兵庫錙の鳥頸、皆彫物也、粢鍔、并に金作りの左右巻、白柄の長刀、同じき手鉾、馬は、連銭葦毛、柑子栗毛、烏黒、ヒバリ(倉に鳥)毛、ツキ(年に鳥)毛、糟毛、鹿毛、青鵲、河原毛、髪白、月額、葦毛、鮫、雪踏等、皆舎人、飼口を相ひ副へ、黄副輪の螺鞍、白橋、黒漆りの張鞍料の鞍橋、金地の鐙、白磨の轡、大形の鞦、細筋の手綱、腹帯、豹の皮、クジカ(鹿に章)の鞍覆、虎の皮、鹿子の切付、水豹、熊の皮の泥障、鞭、差縄等、御餞の為に之を進じ奉り、兵糧の八木、鞍替の糒袋、行器、野宿の料の雨皮、敷皮、油単等の雑具、心の及ぶ所、之を奔走す、兼ては又、定めて存知せらるゝ歟然而れども、先懸分捕は、武士の名誉、夜詰、後詰は、陣旅の軍致也、一命を棄て、粉骨を竭さるれば、証判の状に載て、後胤の亀鏡に備へらる可き也、心の及ぶ所、猶以て尋常の具足を尋ね進ず可きの処、境節所々の総(糸篇無し)劇に、大略此式也、諸事御帰宅の時を期し候、恐々謹言

六月十一日  

兵部丞丹治

謹上  勘解由次官殿 御報

 

恐れ乍ら申し入れ候、不慮の外に、傍輩の所営に駈加へられ候間、微力の覃ぶ所、東西に奔走せしむるに依て、寸暇を得ず、直に愚状を捧じ候、自由の至り御意を得て、内々洩し申さる可き也、抑、来廿日比、勝負の経営の事候、風流の為に入る可きの物、一に非ず、紅葉重、楊裏の薄紅梅、色々の筋、小隔子の織物、単衣、濃紅の袴、唐綾、注文の唐衣、朽葉、地紫の羅、袙、浮文の綾、摺絵書、目結、巻染、村紺、掻浅黄の小袖、同じき懸帯、蒔画の手箱、硯篋、冠、表の衣、直衣、水旱、狩衣、烏帽子、直垂、大口、大帷、太刀、長刀、腰刀、箙、胡録(竹冠)、大星の行騰、房鞦、牛の胸懸等、上品に非ずと雖も、注文に任せて、相違無きの様に申し下さる可き也、恐々謹言

七月五日  

左衛門尉大中臣

進上  宮内少輔殿

 

薄紙払底の際、反古を用ゐ候所也、更に軽賤の儀に非ず、抑、申し入れらるる用物の事、目録に任せて下さるる所也、用竭て後は、急ぎ持参せらる可き也、但し単衣の文、要用の分は、指合候の間、練色の魚竜、白張の裏衣二重、注文の外に、使者に属す、申し入れらるる分は、長絹素絹の袈裟、精好薄墨の衣、法服、錦の七条、裳、横尾、鈍色の下の袴、鐃鉢、錫杖、鈴、仏具、如意、香炉、水精の半装束の珠数、帽子、直綴、鼻高、草鞋、竜虎梅竹の唐絵一対、并に横笛、笙、篳篥、和琴、琴、琵琶、方磬、尺八、大鼓、鞨鼓征鼓、三の鼓、調拍子、振鼓等、同じく之を尋ね下さる、用竭き、事終らば、生涯の不覚也、存知せらる可き者尾歟、恐々謹言

七月日  

宮内少輔清原

謹上  左衛門尉殿

 

下着已後久しく案内を啓ざるの条、殆んど往日の芳恩を忘るゝが如し、頗る胸中の等閑に非ず、只自然の懈怠也、恐れ入り候、抑洛陽静謐、田舎無為は、貴辺の御本望也、愚身の快楽察せらる可き也、其に就て、御引付の沙汰行はれ候歟、所領の安堵、遺跡の相論、境を越し違乱の間、参訴を致さんと欲するの処に、此間疲労、所領の侘祭(人篇)合期し難く候、貴方の扶持を憑で、代官を進ず可く候也、短慮未練の仁、稽古せしめんの程、御詞を加へられずはあ越度出来せん歟、草案土代を書き与へられ、奉行所に引導せられば、恐悦に候、引付問注所の上裁勘判の体、異見議定の趣、評定衆以下、之を注し給ふ可し、御沙汰の法、所務の規式、雑務の流例、下知成敗、傍例律令、武家の相違、存知仕り度候、晩学に候と雖も、蛍雪讚仰の功損かる可からず、古き日記、法例の引付を借し給り、一見を加へ、不審の事に於ては、尋ね明む可く候也、右筆等叶ひ難しと雖も、雑訴の風情計は、管見の窺を成し度候、心事腐毫に及ばず、併ら、面拝の次を期す、恐々謹言

七月晦日  

加賀大掾和気

謹上  民部大輔殿

 

指したる事無きに依て、常に申し通ぜず、疎略の至り、驚き入り候の処に、芳問に預るの条、珍重々々、日来の本望、忽以て満足に候ひ訖ぬ、庶幾、何事か之に如ん、四海泰平、一天静謐の事、人々の攘災所々の幸祐也、御沙汰の事既に厳密に執り行はるる所也、更に停滞豫儀の政道に非ず、訴詔は、悠々緩怠の儀之有る可からず、御在洛は費也、活持の計略を用意せらる可し、先づ挙状代を進ぜられば、公所の出仕、諸亭の経廻、図師を申す可き也、奉行人の賄賂、衆中の属託、上衆の秘計、口入、頭人の内奏、贔屓、機嫌を窺ひ、之を申す可し、譲状の謀実、境を越る相論、未分甲乙の次第、譜代相伝の重書等は、引付方に於て御沙汰に逢せらる可き也、頭人、上衆、闔閤、右筆、奉行人等、終日の御評定と為て、窮屈有りと雖も、更に休息無く、之を勘判せらるる也、問注所の賦り、闔閤の重賦に就て、執筆、問状の奉書を訴人に書き与ふるの時、両度に及で、無音たらば、使節に仰せて、召府を下され、違背の散状に就ては、直に訴人に下知せられ、召し進ぜしむるの時は、訴状を封じ下させられ、三問三答の訴陳状を調へ、御前に於て、問答対決を遂げ、雌雄の是非に任せて、奉行人、事書を取捨せしめ、引付方に於て御評定の異見を窺ひ、成敗せしむる所也、問注所は、永代の沽券、安堵の年記、放券の奴婢、雑人の券契、和与状、負累証文等の謀実、之を糾明す、管領寄人、右筆奉行人等の評判也、奉行人、差府方の与奪を得て、当参の仁には、書き下しを成し、下国の時は、奉書を下す、而るに無音の時は、使者の召文を下し、訴陳状を調へ、当所の執事、管領、奉行人等に相ひ対して、問答を致し、沙汰を披露し、探題の異見に就て、下知を加ふる所也、侍所は、謀叛、殺害、山塊両賊、強竊二盗、放火、刃傷、打擲、蹂躙、勾引、路次の狼藉、闘諍、喧嘩等也、管領、執事、奉行人、之を検断す、所司代、訴状を右筆に賦るの時、小舎人或は下部等を以て、犯人を召出し、侍所に於て申詞を記録し、言色体の嫌疑に依て、犯否を糾明するの時、所犯既に遁るる所無くんば則ち之を召し籠め、或は推問、拷問、拷扨等に及で、之を尋ね究め、与同の党類等を尋ね捜て斬罪す可くんば、之を誅せられ、徒罪す可くんば、之を禁獄し、流刑す可くんば、流帳に記せらる、此外火印追放以下、辜の軽重、其人の是非に随て、之を行はる、次に寺社訴詔は、本所の挙達に就て、之を是非せらる、越訴覆堪は、探題管領の与奪に依て、之を執行る、事を庭中に奏し、家務恩賞方法の規式、勝計す可からざる也、其旨趣、具に紙上に尽し難し、御上洛の時、心の及ぶ所、粗申さしむ可く候也、恐々謹言

八月七日  

散位長谷部

謹上  大掾殿 御返報

 

去んぬる比、御札に預り候の処に、他行の間、即御返事を申さず候条、本意を失ひ候、将軍家若宮御参詣の事、供奉の日記或方に借用せられ候、後日に、態と進ず可き也、其体、殆んど関東鶴が岡の八幡宮参詣に超過せしめ候ひ訖ぬ、路次は八葉の御車、後車の公卿一人、騎馬の殿上人、前駈扣馬、北面等、美々敷綺羅天に耀き、陳頭奇麗、花を散す、狩衣、水旱、供奉の人の浄衣、白き直垂、布衣の景勢、衣文当りを撥ふ、好粧目を驚かす、家の文、当色、色々の狂文、色節を尽し金銀を鏤め、凡そ、中間、雑色、舎人、牛飼等に迄るまでに、花を折り、色を交ふ、就中、後陣の武士、警固の勇士、色々の甲冑、思々の鎧、直垂、馬鞍、弓、胡録(竹冠)、重代の重宝を着し、新調の美麗を用ふ、門外自りは前後の随兵、上下に番ひ、左右の太刀帯、二行に列り、御帯刀の役人、御調度懸の人、弓手妻手に相並んで、之を扈従す、御迎の伶人は、楽妓を調て羅綾の袂を陣頭に翻し、御前の舞人は、徑婁(両字とも篇は鼓)を打ち、舞行の踵を庭上に峙つ、禰宜、神主は幣帛を大床に捧げ、別当、社僧は、経の紐を玉の甍に解き、巫、八乙女は、裙帯を曳て透廊に舞ひ遊ぶ、職掌の神楽男は、調拍子を合はせて、拝殿に祗候す、加之臨時の陪従、当座の神楽、朝倉返しの詠ひ物、拍子の本末を調へ、礼奠に賽して如在の儀を致す、神感の興、厳重の態、誠に以て掲焉也、耳目の及ぶ所、禿筆に遑あらず、只高察を仰ぐ而巳、恐々謹言

八月十三日  

左衛門尉

謹上  大内記殿

 

御法談の後、常に参拝仕る可きの旨、相存じ候処に、公私の総(糸篇無し)劇に依て、懈怠せしむるの条越度の至り、仏意冥慮を背いて、改悔の外、他無く候、抑近日、仏事大法会を執り行ふ事候、貴寺の長老を拝請し、当日の唱導に定め申し度相存じ候、侍者、聴斗(元字は口篇)、請客、頭首計りを召し具せられ、光臨候はば、力者駕輿丁を進ず可く候、御供養有る可き条々、精舎一宇、三重の塔婆、金堂、多宝塔、経蔵、鐘楼、食堂、休所、惣門、二階、湯屋、風呂、僧坊、金色の等身の如来、白檀座像の菩薩、各脇侍二天之を刻彫す、細金彩色の絵像各一鋪、薄濃の墨画一対、書写摺写の妙典、転読の般若、読誦の経王、懃行の秘法、唱満陀羅尼、念誦真言、称名念仏、九旬の供花、一夏の持斎、禅律抖数(元字は手篇)の行人等、接待、千僧供養、非人施行等也、但し仏布施并に被物、禄物等、用意軽賎也、只御助成に擬て、之を執行致す可し、御讃嘆の儀に非ずと雖も、啓白計りを以て、一磬を鳴さる可く候也、一向御哀憐を仰ぐ、恐惶敬白

九月十三日  

沙弥

進上  侍者御中

 

芳札の旨、披見せしめ候ひ畢ぬ、誠に御給仕有る可きの旨誓願せられ候歟、今に懈怠の条凡情常の業障也、尤も謝せらる可き者也、唱導の事申し入れ候処に、其期に臨で、千輿御迎に給ふ可き也、善根の事、兼日に諷誦願文を進ぜらる可し、仏像経巻讃嘆は、子細有る可からず候、堂塔供養并に法花八講は、大法会の儀式に相当る歟、法服登高座大行道塔有る可し、聖道の名僧を以て、其節を成さる可し、講師、読師、注記、竪者、証義、探題并に唄散花、梵音、錫杖、対揚、呪願師等、尤も加請せらる可き者也、伶人舞童の儀式、殊に大切也、法会の指南之を以て先と為す、用意せらる可き物は、縁道の絹、講坊の薦、縵幕、大宝の高座、繪蓋、瓔珞、如意、香炉、香箱、白蓋、白払、法螺、焼香、造花、卓机、臨時の纏頭は、左道の儀也、周章無きの様に、兼日に調へ置かる可き也、心事多しと雖も、紙面限有り、只御意を得て認めらる可き歟、委細、見参の時を期し候、恐々謹言

九月十三日  

侍者

平入道殿 御返事

 

入院の新命、退院の西堂久しく相看申さざるの間近日招請申す可く候、次に且は看経の為、且は諷経の為、大斎を行はしむ可く候、同じくは、結夏以前然る可き時分に候、禅律の僧衆、諸寺諸社の聖道衆徒、屈請申す事に候也、但し時、点心の作法、僧物布施の次第、無故実に候、調菜の仁、古老の行者等の中に、器用の仁、定めて存知せしめ候歟、委細示し給ふ可く候、禅家には、堂頭和尚、長老、東堂、西堂、并に知事方には、都寺、監寺、維那、副寺、典座、直歳、都管、都聞、修造司、堂司、浄頭、頭首方には、前堂後堂の両首座、書記、蔵主、知客、浴主、焼香、書状、請客、湯薬、衣鉢等の侍者、此外耆旧の諸僧、塔頭の坊主、旦過の僧、山主、菴主、沙弥、喝食、行者方には、参頭、副参、望参、供頭、堂主、庫司、炭頭、調菜の人工には、兄部、出納、山守、木守、門守、園頭、火鈴振等也、律僧には、長老、知事、典座、沙弥、八斎戒、人工法師塔也、聖道には、一寺の検校、執行、別当、長吏、学頭、座主、院主、執当、先達、阿闍梨、法橋、法眼、律師、僧都、法印、僧正、山の目代、大勧進、小勧進、小別当、得業、内供奉、已講、堂達、預、専当、勾当、都維那、寺主、上座以下、承仕、宮司等、其外、有職僧綱僧徒等、猶以て禅家方には、相伴羅(元字は口篇)斎の僧、陪堂外僧堂の輩、尚以て聖道には、従僧駈使の同朋、推参の道俗、臨時の客人也、人数に任せて点心と云ひ、布施物と云ひ、臈次を糺して上下の品を注し給はる可き也、諸事御才学の外憑む所無し、心底貽さず、之を示さるれば、尤も以て本望に候也、兼ねて又、先日申し入れ候所の掛塔僧の事相違無く、御許容に預らば、畏り入り候、此旨を以て、御披露有る可く候、毎事参拝の次を期し候、恐惶謹言

十月三日  

沙弥

進上  衣鉢侍者禅師

 

御札の旨承り候ひ畢ぬ、大斎の事、心事申し尽し難く候、抑調菜人等の事、然る可き仁無く候の間、粗愚才に任せ、注進せしめ候、御布施物の事、被物、禄物等、之を略せらる可き歟、長老西堂には、綾紫の小袖、一重充、素羅、青番羅、花番羅、三法紗、顕紋紗、并に黄草布、一二端、上品の紬塔、知事方には、素紗の梅花并に襖単衫の絹、花彦(糸篇)、木綿等各一つ配、頭首方には、素紗の衣、袈裟、各一帖、此外帽子、履、襪子(したうづ)、主(手篇)杖、脚榻(きゃたつ)、手巾、布衫、鉢盂巾、脚布、助(竹冠)匙(はしかひ)、木綿の肚脱、蒲団、花瓶、香炉、香合、香匙、火助(竹冠)(こじ)、蝋燭、竹篦、曲禄、法被、打敷、水引等、頭首以下に加布施せらる可き也、点心は、水繊、紅槽、糟鶏、鼈羹、羊羹、猪羹、笋羊羹、驢腸羹、砂糖羊羹、饂飩、饅頭、索麺、碁子麺、水団、巻餅、菓子は、柚柑、柑子、橘、熟瓜、沢茄子等、時の景物に随ふ可き也、伏兎、鈎煎餅、焼餅、粢、乞興米、索餅、糒、粽等、客料の為に、用意せらる可し、御時以前に調へ置かる可し、茶椀(元字は木篇に完)の具は、建盞、天目、胡盞、饒州椀、并に木椀、茶器、八入の盆一対、茶瓢、茶箋、茶桶、茶巾、茶杓、兎足、湯瓶、鑵子、雷(木篇)茶、茶磨等并に折敷、追膳、楪子、豆子、皿等、同副整へらる可き也、御時の汁には、豆腐羹、辛辣羹、雪林菜、三和羹并に薯蕷、笋蘿蔔、山葵、冷汁等也、菜は、繊蘿蔔、蒟蒻、煮染の牛房、昆布、烏頭布、荒布、黒煮の蕗莇、蕪の酢漬、茗荷、薦の子、蒸物、茹物、茄子、酢菜、胡瓜、甘漬、納豆、煎豆、茶、苣(ちしや)、園豆、芹、薺、差酢の若布、青苔、神馬藻、海雲、曳干、甘苔、塩苔、酒煎の松茸、滑茸、平茸の鴈煎等、体に随うて、之を引く可し。時以後の菓子は、生栗、搗栗、串柿、熟柿、干棗、花梨子、枝椎、菱、田烏子、覆盆子、百合草、野老、零余子等、御自愛に随うて、之を用う可し、請暇、病暇、寮暇、暫暇の僧衆、定めて浦山敷思はる可き歟、点心の料、送り進ぜられば、膳無遮の御計い為る可き也、所望に依て粗之を示し、巨細は相伴に参ぜしめんの時計い申す可き也、恐々謹言

十月三日  

雅楽佐入道殿

 

此間持病再発、又心気、腹病、虚労等更発、旁以て療治灸治の為に、医骨の仁を相尋ね候と雖も、藪薬師等は、間見へ来り候歟、和気丹波典薬、曾以て逢ひ難く候、施薬院の寮に然る可き仁有らば、挙達せらる可き也、針治、湯治、術治、養生の達者、殊に大切の事に候也、此辺に候輩は、脚気、中風、上気、頭風、荒痢、赤痢、内痔、内焦(病だれ)、腫物、癰疔、瘧病、咳病、疾歯、膜(元字は目篇)等は形の如く見知り候、癲狂、癩病、傷風、傷寒、虚労等は、才覚鳴く候、同じくは擣徒(竹冠)合薬瀉薬補薬等本方に任せて、名医の加減を以て、一剤を合せ服せんと欲す、此条尤も本望也、禁好物の注文、合食禁の日記、薬殿の壁書に任せて、写し給ふ可き候、万端筆を馳難き歟、併ら面拝を期す、恐々謹言

十一月十二日  

秦の某

謹上  主計頭殿

 

玉章を披て、厳旨を窺ひ、御用望既に分明也、仰の如く、当道の名医は、奔走有る可き也、権に侍医の道、一流の書籍を読み明め、療養共に、名誉の達者、抜群の仁に候、但し渡唐の船久しく中絶に依て、薬種高直に候の間、大薬秘薬は、斟酌の事候、和薬を用ゐられば、参す可き也、五木八草の湯治、風呂、温泉等は、指せる費無し、凡そ房内の過度、濁酒の酩酊、睡眠の昏沈、形儀の散動、食物の飽満、所作の辛労、恋慕の労苦、長途の窮屈、旅所尾の疲労、閑居の朦気、愁歎の労傷、闕乏の失食、深更の夜食、五更の空腹、塩増の飲水、浅味の熱湯、寒気の薄衣、炎天の重服、皆以て禁忌の事に候也、御意を得て、養生せらる可き也、恐々謹言

十一月日  

磯部の某

進上  宮内少輔殿

 

御任国の後、烏兎押移て、遥に面拝を遂ざるの間、頗る往日の昵近を忘るゝが如し、随て、御上洛の処、御音信に預らず候の条、密契其甲斐無し、隔心の至り、憚りを存ずと雖も、試に、推望に及ぶ、御気色如何、然れども、国の土産、旅籠振等、袷と云ひ、恰と云ひ、日を点じて何れの比ぞ哉、兼日に示さるれば、他行を止む可し、且は任国の間在庁の官人等の所行、府辺の被官の輩の景勢、着任着府の儀式、官使大奏の饗膳、厨の規式、両様の納法、郡司、判官代等の沙汰、才覚の為に、示し給ふ可き也、稽古の為巨細奉り度候、何様面謁を遂げ、心事啓達す可き也、恐々謹言

十二月三日  

隼人佑

謹上  越前守殿

 

御消息忽に披閲、珍重々々、甚だ玉珠を得るが如し、参拝に非んば、之を謝し難し、抑遼遠の間、輙く音信を通じ難きに依て、思ひ乍ら光陰を馳す、遺恨深長也、何れの時か之を謝せん、則ち案内を啓す可きの処に、路次の疲労、長途の窮屈、只茫然の外、他無し、恩問に依て、驚かさるゝ所也、入境着任の儀式、着府吏務の法儀殊なる子細無し、在庁人等、日並の出仕、恒例の奉行人等、等閑無し、椀飯盛物積物以下、時節の景物を尽し、雑事厨種々の美物を調へ、庁庭の経営、留守所の結構、市を成すが如し、国の遵行の事、大介、税所文書を留記す、公文、田所の結解、勘定、書生、判官代の勘文覆勘、郡司、権の守の日記、目録、国宰、小目代の催促、廻文、下司、郷司、公事の引付、徴使、定使の給分、交分、宛文、名主百姓の請取返抄、臨時の点役の証跡、御服の貢絹、調進、准布、済例、別納、直進の請文、租穀、租米の送状、納所の率法、収納、徴納、済期、現物、色代の償、来納過上の准拠、旱水両損の検田、不熟、損亡の勘注、算用、散失の都合、勘合、敢て其煩ひ無し、加之諸社の神拝、宮々の奉幣、寺社の入堂、節々の法会、連々の仏事、先例を守て、怠慢無き也、惣て、異儀の藜民無くして、納法の利潤莫太也、難済の郷保無くして、土貢の現利巨多也、万事、雅意に任せ、一として違乱無し、心事多しと雖も紙面に尽し難し、併ら後日を期す、恐々謹言

十二月三日  

越前守磯部

謹上  隼人佑殿

 

此一冊、河内守中原師象書 仮名以証本写之加点畢

今ハ主之内ケ嶋小野氏

 

ときに天文第六稔仲呂上浣、遂写功

主之伊藤正蔵

今ハ九郎

 

(岩波書店刊『庭訓往来・双句集』新日本古典文学大系52を底本としました。)