Up
|
English
動機づけ
作成: 1999-04-15
更新: 1999-04-15
大人の場合,リテラシーの自己育成は結局のところ「自己責任」の問題です。自助努力の様子が見られない人は,インストラクターから見捨てられても文句は言えないでしょう。
しかし公教育では,リテラシー教育の失敗は,子どもの責任ではなく教師の責任になります。教師には酷でしょうが,「うまく教えれば子どもはついてくる/子どもがついてこないのは教え方が下手だから」が教育の前提になっています。
教えられることを拒む者に対して教えることはできません。したがって,教育は学習の動機づけから出発します。「学習意欲は後からついてくる」のような楽観的な姿勢は,過去には可能であったかも知れませんが,こんにちでは不可能です。
大人が対象の教育/研修の場合でしたら,「実利」で学習を動機づけることが可能であり,また本質的でもあります:
自分のいまの/将来の仕事にとって必要,あるいは直接/間接的に有利
自分の評点が高くなる(リテラシーで自分を他から差異化)
公教育での学習の動機づけも,基本は同じです。
ただし,「自分の評点が高くなる(リテラシーで自分を他から差異化)」を学習の動機づけに使うのは邪道とされていますので,これは方略から除きましょう。
注意 :
これが重要ではないという意味ではありません。ひじょうに重要です。そして,みんなが重要なことを知っています。しかしこれを公に言うことは弊害が大きいので,慎重になる必要があるのです。そしてどうせみんなが知っていることなので,あえて公言する必要もないというわけです。
公教育での学習の動機づけは,基本的につぎの2形態です:
役に立つ
おもしろい
「役に立つ」は「問題解決に役に立つ」です。
「教師に誘導された問題を子どもが自分の問題と意識し,解決を欲っしている」というのが,このときのシチュエーションです。そして「達成感」がこの場合のキーポイントになります。
「おもしろい」は「学習内容そのものがおもしろく感じられる」です。
これには,<目の前の単発の主題がおもしろい>から<ある大きな主題の制覇がおもしろい>まで,いろいろなレベルがあります。