Up | 「国内感染者数」 | 作成: 2020-03-01 更新: 2020-03-01 |
これに比べて日本は,感染者数はずっと少ない。 この違いは,感染者数をカウントするかしないかの違いである。 この他ではない。 現政権は,「観光立国」を進める政権であり,特にいまは「オリンピック開催」が責務になっている政権である。 政府の対ウィルス禍施策は,このような政権がとることになる施策である。 即ち,つぎの視点で見ていくものになる:
感染者の実数を求めることは,「観光立国」日本にとって,何の得もならない──損しかない。 政府は,「感染者数」というものが,操作できる数であることをわきまえている。 ただし,実数の捏造は犯罪である。 どうしたらよいか。 感染者のカウントに天井をもうけるのである。 検査システムを「検査を受けつけられるのは,○人まで」に仕立てればよい。 もちろんこれは,インチキである。 こんなやり方が果たして通るのか? 通るのである。 理由は,インフルエンザの類の感染症はもともと,<寝て治すもの・寝て治すしかないもの>だからである。 国民の一人ひとりが<寝て治す>を内でやってくれれば,感染者数は表に出て来ない。 ただし,「感染者数」が表に出てしまうところがある。 それは,公立学校である。 インフルエンザ流行の時期には,「生徒の○%が欠席」が報告されることになる。 そこで,先回りして「全国一斉休校」を措置する。 「全国一斉休校」には,「子どもの健康・命を守る」の名分がつく。 「子どもの健康・命を守る」は,虚言である。 事実は,
「今後感染する場所を,学校の外に変えただけ」 政府は,カウントした限りの数値を「感染者数」として発表する。 これをマスメディアが伝える。 「大本営発表とそれを伝える御用メディア」というわけであるが,これを直ちにけしからんとするのは了見違いである。 ここは,先ずは「政府はうまくやってるわい」と見るところである。 実際,ここに見るべきは,政府のクレバーさである。 政府は何か悪いことをやっているのではない。 繰り返すが,インフルエンザの類の感染症はもともと,<寝て治すもの・寝て治すしかないもの>である。 特に新型の場合は,薬は無いから,病院治療もない。 「入院」を「治療措置」のように思っている者もいるかも知れぬが,これは「隔離」である。 ただしクレバーは,<悪いことをやっている>ではないが,<狡い>である。 <狡い>は,気取られる。 政府は,いまは目先のことに追い詰められてクレバーを択っているが,「観光立国」はよそから狡い国と見られることが命取りになる。──「感染者数を操作する国なんぞは,危なくて行かれない!」 策を弄する者は策に溺れる。 よくよく用心すべし。 |