Up 「新型コロナ禍=馬鹿な戦争」の分析法 作成: 2021--05-08
更新: 2021--05-08


    「新型コロナ」社会現象は,「馬鹿な戦争」を考える最上のテクストである。
    「馬鹿な戦争」の役者とダイナミクスが,すべて揃っている。

    「馬鹿な戦争」の最上のテクストに,あの「大東亜戦争」がある。
    しかしそれは,そうなふうにはさっぱりならなかった。
    分析を間違ってきたからである。

    「馬鹿な戦争」は,いつも間違って分析される。
    よって,「馬鹿な戦争」が後世の温故知新になることは,無い


    「馬鹿な戦争」の分析を誤らせるものは,イデオロギーである。
    そのイデオロギーは,「大衆=善」イデオロギーである。
    このイデオロギーは,大衆を「否応なく戦争に巻き込まれた者」として描く。
    「権力が戦争を始め,大衆が戦争の犠牲になる」という絵を描くのである。


    事実は,「馬鹿な戦争」は大衆がこれを権力に焚きつける。
    権力は,彼らの要求に応える。
    戦争の形式を法で定め,戦争を組織・運営する。

    「馬鹿な戦争」が終わらない戦争になるのは,法治が「戦争を終わらない」になってしまうからである。
    戦争を終わらせる条件に至ることがないので,戦争を延々と続けることになる。


    戦争を焚きつけるのは,大衆である。
    戦争を煽るのは,大衆である。
    戦争を終わらせないのは,大衆である。

    大衆は,公と私,表と裏を使い分ける者である。
    大衆は,公に声を発するときは,善人を演じる。
    「馬鹿な戦争」では主戦を唱えることが正義であり,そして善人は正義を唱えるものなので,大衆は主戦の声を発する者になるのである。


    大衆は,自分から火をつけた戦争で,被害者になる。
    大衆が戦争の被害者になるとき,それは善人を演じている報いである。
    自業自得である。
    そして大衆は,己の自業自得を知っている。
    また,自分の臆病も知っている。
    知っているので,「馬鹿な戦争」に与するばかりとなる。
    大衆は次第に「厭戦」に向かっていくが,それは極々消極的で内向きな「厭戦」である。

    大衆は,社会人の形に自分をつくらないと,外に出られない。
    大衆は,「マスク」を社会人の形に定めた。
    今後大衆を描くときは,顔に「マスク」を描くことになる。
    ──ヒトの進化の「パンツをはいた猿」の次は, 「マスクをつけた猿」であった。


    マスコミは,戦争を焚きつけ・煽り・終わらせない。
    政治の舞台では,野党がこの役につく。
    彼らは,大衆の化身として,このように行動する。
    実際,マスコミや政治野党は,「大衆の代弁者」を生業にしているわけである。

    しかし「大衆の代弁者」を生業にする者は,「大衆」を捏造する者になる。
    「馬鹿な戦争」では,特にこのようになる。

    この先頭を行くのが,NHK である。
    NHK は,主戦の声をせっせと集め,編集し,主戦の声が専らであるように見せかける。


    以上論じてきた大衆は,「馬鹿な戦争」に火を付け,煽る役である。
    この役だけでは,「馬鹿な戦争」は成らない。
    「馬鹿な戦争」には,これを構造化する役がある。
    それが,軍部と政府と「死の商人」(戦争によって利益を得る業者) である。


    「新型コロナ禍=馬鹿な戦争」の<軍部>は,医療機関・団体・専門家である。
    「死の商人」は,医療産業・健康産業とその他である。

    医療産業・健康産業は,「新型コロナ禍=馬鹿な戦争」によって利益を得る業者であり,「死の商人」のことばの正しい意味 (「戦争によって利益を得る業者」) において,まさしく「死の商人」である。
    「在宅自粛」がひとの生活様式になることで膨大な利益を得ている業者──大手 IT業者等──は,「死の商人」である。
    経営困難に陥った企業を安く買い叩くファンドは,「死の商人」である。

    大衆は,玉砕の道を引き受けている者ばかりではない。
    競争相手の退場によって自分の取り分を増やしている業者も,確実に存在しているわけである。


    「馬鹿な戦争」は,無くなればよい戦争ではない。
    実際,「馬鹿な戦争」は,無くなるというものではない。
    ひとは,「馬鹿な戦争」を繰り返す。
    「馬鹿な戦争」は,「人間」の含意 implication である。

    生物とは,進化したがるダイナミクスのことである。
    進化は,新陳代謝の上の進化である。
    生物は,新陳代謝を求め,新陳代謝の状況を自らつくり出す。
    人間の場合は,「馬鹿な戦争」がいちばんたやすい。


    ひとは,新型コロナの後に元の生活が戻ると思っている。
    そうはならない。
    ──進化は不可逆である。

    感染は0か1ではない──薄いか濃いかである。
    そして新型コロナはこれまで,陽性検査で陽性反応が現れる確率が1%以上であることを示してきた。
    100人に1人は陽性を現すということだから,これは「ただの風邪」の類である。
    しかし,「陽性反応者は即入院」を法で決めてしまった。
    この法によって,病床はいつでも逼迫することになる。
    病床逼迫は繰り返されるので,新型コロナはずっと続く。

    新型コロナ下の生活様式は「自粛」である。
    この生活様式が続くことは,いま経営が困難になっている業種は早晩倒れるということである。
    見込みの無い業態を引き継ごうとする者はいないから,これらを回収することになるのは別のものである。
    おそらく,大投資ファンドが社会の資産をつぎつぎと回収し,ますます成長することになる。

    GAFA は資産において,国連に加盟している大半の国の予算規模を既に上回っている。
    日本の国家予算規模の資産を有する企業が近々出現しても,驚くにあたらない。



    新型コロナは,すでに「ただの風邪」であり,人口の一定割合は陽性反応を現す。
    東京都・大阪府は検査した者の5%くらいが陽性反応を現すようになっているから,1日の検査数を2万にすれば陽性反応者1000人になる。

    しかし「感染拡大」のことばでひとをさんざん脅してきたマスコミは,引っ込みがつかない。
    陽性反応者のことをいまも「新規感染者」と呼ぶ。
    さらに,「新規感染者数の高止まり」を「感染力の強い変異種」のせいにして,己の不明をごまかそうとしている。

    ウイルスは変異してアタリマエである。
    想定外のように唱える方がどうかしているのであるが,これがマスコミや政府のインテリジェンスの程度というわけである。,

      読売新聞, 2021-05-08
    感染減 想定届かず
    緊急事態延長
    人出は抑制 「主流化」変異型が妨げ
     新型コロナウイルス対策として発令されている3回目の緊急事態宣言の延長が決まった。強い対策により「人流の抑制」に一定の効果を上げた一方で、新規感染者の著しい減少にはつながっていない。背景には、感染力が強い変異ウイルスの拡大が影響しているとみられる。
    ■ 過去の法則
     「夜間の人流は、東京、大阪ともに大きく減少して いる。だが、引き続き感染のレベルは非常に高い」
     7日に開かれた政府の基本的対処方針分科会の終了後、西村経済再生相は、人出の抑制が感染者の減少につながった過去の「法則」 が当てはまらない現状に危機感を示した。
     政府は4月下旬、4都府県に宣言を発令。会社や学校が休みに入る大型連休に、感染リスクにつながるとされる酒類やカラオケを提供する店に休業を要請し、スポーツなどのイベントは無観客とした。人と人の接触機会を減らし、感染拡大を抑える戦略だった。
     「人流の抑制に一定の効果があった」と、東京都医学総合研究所の西田淳志・社会健康医学研究センター長は分析する。大型連休中にレジャー目的で主要繁華街を訪れた人を、過去の宣言時と比較したところ、大阪では、2回目の宣言時の約半分、昨春の1回目の宣言時と同程度の過去最低水準まで減少した。東京でも、1回目よりは多かったものの、2回目の約7割まで抑えられた。
    ■高止まり
     だが、感染者の減少にはつながっていない。大阪では、人出の減少から5週間経過しても感染者は減らず、1日あたりの新規感染者が1000人程度で高止まりしている。東京では、逆に、今もじりじりと増加が続き、感染状況は最も深刻な「ステージ4」相当のままだ。厚生労働省幹部は「(4月前半に適用した)まん延防止等重点措置の効果と合わせ、もっと感染者が減ると期待したのだが」と落胆する。専門家からは、以前なら人出を抑えることで、1人の感染者が何人にうつすかを示す実効再生産数が大きく下がり感染が激減したが、今は横ばいにするのが精いっぱいだとの声が上がる。
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