Up IT 時代の貧乏 作成: 2024-10-12
更新: 2024-10-12


    IT は,個を自由に向かわせる。
    抑圧の枢要は情報統制だが,IT は個につぎのものを与えることになるからである:
     「 グローバルな情報ネットワークで情報を自由に受発信できるプライベート端末」
    インターネットが「グローバルな情報ネットワーク」であり,スマホが 「プライベート端末」である。

    この「自由」は,特に「家」からの自由である。
    ひとはいま,「家」の要素になってきた伝統・慣習・制度をつぎつぎと壊しているところである。


    「一人口は食えぬが二人口は食える」のことばがある。
    「一人」は独身を, 「二人」は夫婦を,それぞれ指す。
    これを言い換えると,「人は食えるために家をつくる」。
    さらにこれを転じると,「家を壊すと人は食えなくなる」。

    こういうわけで,ひとが自由を求め家を壊していく今の時代は,ひとが貧乏になる時代である。
    今の時代の貧乏は,だれが失敗したという話ではなく,構造的なもの・本質的なものなのである。

    「自由」は,「人はパンのみにて生くるに非ず」である。
    自由は,貧乏がこれの代償になる。
    自由を求めることは,進んで貧乏になることなのである。


    「自由」は「家」からの自由である。
    結婚は,家をつくることである。
    よって, 「自由」は,結婚しないことである。

    結婚しても,子どもができたら離婚することになる。
    家とは,<金を得る>と<子を育てる>の分業であり,この分業は役割を固定しないと成立しない。
    <子を育てる>の役を負わされる方は,必ず不満を持つ。
    そして,個が自由を求めてよい今の時代は,この不満は我慢することではない。

    離婚して子が自分に残ることは,貧乏になることである。
    子の養育は片手間ではできないからである。
    <金を得る>と<子を育てる>は,両立しない。

    こうして,「少子化」は当然である。
    「育児休業」「子育て給付金」「教育無償化」でどうなるものではない。
    根本にあるのが,「人はパンのみにて生くるに非ず」だからである。