「教育=情報デザイン」のシステム考 (2)
──マルチメディア革命の中の学校──

北海道教育大学教育学部付属教育実践研究指導センター紀要, no.14 (1995,3), pp.39-48


「教育=情報デザイン」のシステム考 (2)
──マルチメディア革命の中の学校──

On the System of Education-as-Information-Designing (2)
: The School in the Multimedia Revolution


宮 下 英 明
(北海道教育大学岩見沢校)

Hideaki MIYASHITA
Iwamizawa Campus, Hokkaido University of Education


5 情報発信
5.1 通信,放送,情報サービス
5.1.1 「通信」,「放送」,「情報サービス」間の融合
 ネットワーク(例えばインターネット)それ自身は,使い方に対して開いている。実際,ネットワークの中は「通信」,「放送」,「情報サービス」が入り乱れている。
 また,マルチメディアデータ通信ネットワークの「売り」の一つに,「双方向性(インタラクティビティ)」がある。そして「双方向性」は,「通信」,「放送」,「情報サービス」のカテゴリーを融合させる。
 以下に「通信」,「放送」,「情報サービス」の各カテゴリーを取り上げて論ずるが,これらは明確に区分けされるものではない。

5.1.2 マルチメディア情報通信
5.1.2.1 マルチメディア情報通信
 手紙の不利は,送ってから受け取るまで日単位の時間がかかること,特に対話ができないことである。電話の不利は,受信データがシーケンシャルで受信と同時に逐次消えるため,ランダムアクセス ができないことである。この二つの不利は,ファックスの登場で飛躍的に改善された。ファックスでデータを送信し,データを共有した上で電話で対話する。封筒に入れることができてファックスでは送れないものがあることを除いては,手紙と電話の不利は解消された。一旦ファックスを手にしてしまうと,もう昔には戻れない。
 同じことが,マルチメディア通信について言える。マルチメディア通信でマルチメディア情報を共有することによって,対話の質を格段に高めることができる。しかも受信したデータは,デジタルデータとして二次利用できる。そして,端末機のみで足りる。一旦マルチメディア通信を手にしてしまうと,もう昔には戻れない。

5.1.2.2 テレビ電話
 マルチメディア情報通信の応用の一つに,テレビ電話がある。テレビ電話の「売り」は,相手の顔が見れるということも一点であるが,「カメラを通して見せることができそして見せたいもの」をリアルタイムに相手に見せることができるという点にある。
 通信の向上の目的は,「ひとところに集まって情報を直にやりとりする」をしないで済ませるということである。通信が向上するほどに,「ひとところに集まる」ための労力,コストを削減できる。そしていま,「文書で済ませる」,「音声で済ませる」に続いて「音と映像で済ませる」がやってきた。

5.1.2.3 電子会議
 電子会議(ビデオカンファレンス)は,「テレビ電話」の規模拡張と見ることができる。。「共有黒板」とか,バーチャルリアリティ技術の適用である「臨場感通信会議システム」といった形で,技術向上の試みが結実している。

5.1.2.4 遠隔教育,遠隔医療
 「遠隔教育」,「遠隔医療」と言うときの「遠隔‥‥」の意義は,「情報の交換を,それぞれの場所にいたままで情報通信で済ませる」である。ここではまだ,「直接対面して情報交換できるに越したことはない」という思いが生きている。
 これに対し,後で述べる「双方向マルチメディア情報サービス」として「教育」,「医療」が主題化されるときには,「より優れた教育(医療)を遠隔で受けられる」というニュアンスが強くなる。

5.1.3 マルチメディア放送
5.1.3.1 情報発信局
 これまでは,国内や世界に向けた発信は個人のできることではなく,マスコミの独壇場であった。しかし,インターネットのようなグローバルな通信ネットワークの端末を個人が所有するようになると,個人が世界に向けて直接発信できるようになる。しかも,データベースを構築すれば,それで大なり小なりの情報発信局(放送局)になる。
 マルチメディアネットワークの時代は,まさしく「個人の時代」,「地方の時代」である。

5.1.3.2 バーチャルスタジオ・システム
 放送スタジオ設置では,場所と費用の問題が生ずる。しかしこの問題も「デジタル」に解決され得る。すなわち,バーチャルスタジオ・システムの導入である。
 バーチャルスタジオ・システムとは,スタジオカメラと被写体を,コンピュータ内部のCGとカメラに同期させ,3次元合成した画像を生成 するシステムである。スタジオセットはバーチャルで,いかに巨大でも物理的な制約から自由である。セットのデザインはCGの制作であるので,自由で軽快である。スタジオカメラにコンピュータ内の「カメラ」がシンクロしているので,パン,ズームといった操作に,画像がリアルに応ずる。画像生成はリアルタイムで,生放送に対応可能である。使用したデータを再度利用できる(また,改造して二次利用できる)というメリットも大きい。

5.1.4 双方向マルチメディア情報サービス
5.1.4.1 デジタルデータベース
 「デジタル化」というデータの一元化技術で,一元的データベースが可能になった。データはデジタル保存され,デジタルネットワークを交通路としてやりとりされる。
 デジタルデータの利点としては,「一元的」以外に,つぎのことが挙げられる:
 ・時間の経過や環境の変化によって変化すると
  いうことがない
 ・データの移動/転送で変化することがない
 ・データ処理が軽快かつ迅速
 ・データ加工が容易
 データベースの活用として情報サービスが発想される。(もちろん,情報サービスの企画が先行して,後からデータベースをつくるという場合もあり得る。)放送/通信形態の「双方向(インタラクティブ)マルチメディア情報サービス」である。
 データベースのシステム技術は,画像圧縮技術,デジタルイメージシステム,大容量ストレージ技術,高解像度スキャナ技術などで構成される。また,ユーザーサービスの技術としては,例えばデータの検索・参照技術(あいまい検索,ブラウジング機能)。

5.1.4.2 双方向マルチメディア情報サービス
 「双方向マルチメディア情報サービス」のインフラは,
 (1) 情報蓄積/提供システムと,
 (2) サービスセンターと利用者の端末機をつ
  なぐ双方向の伝送路(ネットワークケーブル)
である。
 双方向マルチメディア情報サービスは,既存のオンライン・サービスをつぎの一点で差別化する。すなわち,動画のような重いデータを扱えるという点である。違いは質的というよりは量的であるが,この違いがものを言うわけだ。実際,「ビデオ・オン・デマンド(VOD)」,「電子ライブラリ/ギャラリー」,「バーチャルショッピング」等の構想を現実的なものにする。教育(バーチャル・スクール)もサービスの内容になり得る。
 いまは双方向マルチメディア情報サービスの実験段階である。課題の大きなカテゴリーは
 (1) サーバーシステム
 (2) 利用者端末機の使い勝手
 (3) サービス内容/形態
のようになる。(1)の課題は,多数の家庭用端末からのバラバラな要求に対して同時にかつ途切れなく応えられるシステムの実現である。「結合型サーバシステム」──サービス情報の大きさ,タイプ,アクセス頻度等に応じて種々の蓄積装置を考える──は,アイデアの一つである。
 (2)の課題は,通信アプリケーション,ユーザーインタフェイスの開発。アイデアとして,GUI,赤外線リモコン。

5.2 プレゼンテーション
 プレゼンテーションという形態の情報供給には,プレゼンテーション・ルームが要る。コンピュータ(通信端末)とプロジェクタ,音響設備が,これの基本的な設備である。いま有る部屋をプレゼンテーション・ルームに改造する場合には,ブラインドの設備なども必要になる。

5.3 情報パッケージ
 情報伝達の方法には,通信/放送,プレゼンテーションの他に,CD-ROMタイトルのような「情報のパッケージ化」がある。教材/学習材のタイトルは,すぐにも実用タイトル全般のうちの大きな部分を占めるようになる。

5.3.1 要求間のトレードオフ
 タイトルの制作では,両立しがたい要求間のトレードオフを色々な形で迫られる。その一つに,「エンターテインメント性」と「内容の理解/定着の保証」のトレードオフがある。例えば,内容の理解/定着のために画面変化を乏しくすると,映像から躍動感が失われる。
 高品位追求と低コスト/短期間制作の追求のトレードオフも,問題になる。それは例えば,制作ツール(CGツール,オーサリングツール)として何を選ぶかという形で取り組まれる。

5.3.2 オーサリング──メタファ,ツール
 マルチメディア表現の手法が模索されている現段階では,既存のメディアをメタファにオーサリングするというやり方が立つ。例えば,本,カード(スタック),フォルダ,テレビ/ラジオを模すなど。
 安直ではあるが,なにぶん慣れ親しまれているメディアであるので効果的である。しかしそのことで,マルチメディアならではの方法論を求める努力に水をさすことにもなりかねない。メタファはしばしば反動である。
 オーサリングツールで,メタファを使っていないものについても,似たような注意が必要である。ツールはわれわれの身体を拡張する。ただし結果的に,別の拡張の可能性を閉じる具合に,ある制限された方向に拡張しているのである。

6 マルチメディア社会実現の施策
6.1 情報デザインシステムとしての「行政施策」
 情報デザインの「システム」とは,情報デザイン──プロダクトアウトからマーケットインまで──を支援・実現するシステムのことである。ハードウェア+ソフトウェアのオールインワン・セットのようなものを「システム」と呼ぶのは,「マルチメディア社会実現の実践としてのマルチメディア情報デザイン」というメガテーマに関してはミスリーディングとなる。
 特に,行政的施策も,ここで考える「システム」の重要な要素である。マルチメディア社会実現の実践──光ファイバ網の敷設や各種実験プロジェクト──は,それをやりやすくする制度,支援体制が作られてはじめて現実のものになる。制度/体制作りは,新時代へのインフラづくりとして,「システム」の一環である。
 また,新時代を展望したこのような施策は,行政への反作用を招かないでは済まない。すなわち,行政のリストラである。そしてこの組織改革もまた,新時代へのインフラづくりとして,「システム」の一環である。
 今日の行政の時代認識と施策は,情報デザインの実践者にきわめて有利なものである。例えば郵政省は,「映像・データ・音声等の一体的な利用,提供が可能なマルチメディアの時代に入りつつある」,「マルチメディアは21世紀に向けた日本の産業構造の変革,質の高い国民生活の実現のための重要な鍵」の認識のもとに,
 ・マルチメディアの振興を図るための,業界団
  体を中核とする「情報通信基盤整備推進連絡
  会議」の発足
 ・「マルチメディア異業種交流会」の継続実施
 ・「CATVの発展に向けての施策」
 ・マルチメディアを無利子融資で推進
といった施策をつぎつぎと打ち出してきている。

6.2 情報ハイウェイの実現
 全国土のネットワーク化──情報ハイウェイの全国整備──の目標が,郵政相諮問機関の電気通信審議会答申(1994)で打ち出されている。それによると,民間活力で
 2000年までに都道府県庁所在地
 2005年までに人口10万人以上の都市
 2010年で完了
のように進められる。ちなみに,整備費用は最大53兆円と見積もられている。
 もちろん,ここで構想されている形と平行して,つぎのような形でも普及していく:
 (1) 公共施設(大学,病院,図書館等)を光
   ファイバーで結び,情報を双方向でやり    りする
 (2) 企業からのアクセスを受け付ける
 (3) 一般家庭へネットを広げる
 また,ネットワーク回線の高機能化も平行して進行する。例えば,ISDN → B-ISDN → FDDI → ATM のような進化。「ファイバ・ツー・ファイバ」と呼ばれている理想的状態への進化である。

6.3 情報流通のルール作り
 ソフトの流通に関するルールの確立が迫られる。
 特に,著作権の問題がある。デジタル社会は,オリジナルとコピーの存在しない世界である。「オリジナル」がどのように存在するか(あるいは存在し得ないか)を決めなければならない。
 通信の料金体系──すべての人が均等なサービスを受けられる適正な料金体系──の問題もある。「等価」がそのまま「公平」になるわけではないからだ。

6.4 通信と放送の融合
 今日,放送技術は既に「双方向放送」の潜在力をもっている。これをどのように現すか(または現さないか)というところで,現在模索が続いている。
 さて,放送が双方向になることは,放送と通信の区別がつかなくなるということである。実際,放送と通信の融合が今後の傾向と見られており,この融合のインフラとしてCATVの株が急激に上昇してきている。
 実際,双方向CATV実用化に向けての実験が開始され始めた。その内容には,
 ・マルチメディア情報の通信・データベース技
術を含めた,マルチメディア技術の実験
 ・サービスの内容
 ・視聴者の傾向性(好悪,料金感覚)
などがある。
 そしてこの動きに対応して,行政も施策を打ち出している。例えば,郵政省の「CATVの発展に向けての施策」。

6.5 人材の育成
 マルチメディアはマルチな才能を要求する。すなわち,良質なストーリーをもち,ストーリーを創作し,電子機器で身体を拡張し,アートと産業を軽々と横断してしまう才能。
 マルチメディア社会の到来を見込んだ人材育成も,施策の内容である。この問題領域は,マルチメディア情報のデザイン/制作を担う人材育成のような専門教育的なものから,社会成員の育成としての学校教育にまでわたる。


II 教育/学校

7 教育/学校の革新
 マルチメディア・コミュニケーションの実現を企図して「教育」を「情報デザイン」として実践しようとするとき,その舞台として想定する「学校」は§2.2 で論じた「マルチメディア社会の学校」である。この意味で,「教育=情報デザイン」システムの設計のうちには,「マルチメディア社会の学校」実現のための「学校の革新」が含まれてくる。

7.1 制度革新と設備革新
 学校の革新は,制度革新と設備革新の両面作戦になる。
 マルチメディア・コミュニケーションは贅沢なコミュニケーションであり,これの実現には非常に高価な設備が必要になる。企業的な学校経営能力・努力が求められてくる。「情報デザインシステム」の意味が「情報デザインの実践を可能にするシステム」である以上,学校経営システムも既に情報デザインシステムの一部である。

7.2 学校の事業戦略の立案
 新しい時代を迎えるには新しい考え方に立たねばならない。未来のメガトレンドをつかみ,ビジョンを立てる。そしてこのときには,仕事の方法,ものの見方・考え方,そして世界観までもが変わって構わないことを覚悟せねばならない。

7.3 競争指向
 「産業革命」の時代は,望む望まないにかかわらず,競争指向,能力主義の時代である。実際,競争指向,能力主義が,企業体を時代からドロップアウトさせないための基本的条件の一つになる。自分がそれを採用しなくとも,他に採用する者があり,そしてその者のために自分が憂き目を見るはめになるからである。
 現にいま,企業では終身雇用制度や待遇の横並びが崩れ墜ちつつあり,能力主義の台頭が見られている。学校も,企業体として,例外ではあり得ない。実際,学校間の差別化・淘汰の情況が見込まれている。
 強調するが,学校も企業である。
 「産業革命」が能力主義を要求するのは,企業の「向上」の決定的要因が人の「やる気」に他ならないからである。これまでの大手企業に典型的に見られる同一待遇,横並び待遇は,「やる気」を阻害するシステムである。今日企業は,優秀な人間がやる気を出してくれるような環境──すなわち,身分や待遇が業績に応じて決められる環境──の導入に前向きになってきている。

7.4 ネットワーク化・フラット化
 「産業革命」はまた,スピードを要求する時代である。
 分業とか中間管理職というシステムは,今日の「産業革命」では,スピードを阻害するシステムになっている。仕事を確実にする面でこれらはまだ有効かも知れないが,いまは仕事を途切れなく進めないと他との競争に負けてしまう時代である。現場の情報が経営レベルに直接伝わり意志決定までに時間がかからないよう組織再編成することが迫られている。実際,間接部門が肥大化していると,対外交流部門(現場)からの情報が意志決定部門へなかなか届かず,意志決定が送れ,企業チャンスを逃すという結果になる。いまは,全体の工程を把握してはじめて部分にも当たれるという具合になりつつあり,企業内縦断・横断的に個人のやるべきことの幅が急に広がってきているのである。

7.5 しきたり/いきさつ尊重の風土の阻却
 しきたり/いきさつと抵触せずに新しい事業を企画/遂行することはできない。組織風土として,しきたり/いきさつの尊重が存在している。そしてそれは,企業の創造性を拒み,押しつぶそうとする。新しい事業を行うことのうちには,このような風土を阻却し,改めていくことが含まれている。

8 情報(学習材)デザイン
8.1 マルチメディア化の理由
 情報(学習材)のマルチメディア化が望まれる最大の理由は,理解図式の表現はマルチメディアほどの豊かなメディアを用いなければ著しく困難だということである。
 ある理解図式は,空間の中の存在として示され色々な方向から見られるのがよい。ある理解図式は,運動として示されるのがよい。ある理解図式は,シミュレーションの形で探求されるのがよい。そしてこのような理解図式の表現は,マルチメディアの上で可能である。

8.2 学習系統のデザイン
 「情報(学習材)デザイン」には「学習系統のデザイン」も含まれる。
 学習系統のデザインとして現時点で最も顕著なのが,「ハイパーテクスト」である。ハイパーテクストは,問題領域をクロスオーバー化するのに適している。ハイパーテクストの上のナビゲーションを情報獲得の方法とすることで,学習が自ずとクロスオーバーなものになる。「メディアはメッセージである」の言い方に即くなら,クロスオーバーがハイパーテクストのメッセージである。

9 教育ネットワーク
 「情報デザイン」の課題は,三重である。学校の振興,地域の振興,そして世界との交流(国際化)である。そしてこれからの時代,この三つは有機的に関連し合う。

9.1 教育的情報の発信局
 マルチメディア社会では,学校は教育的情報の発信局として機能し得る。この結果は,学校の「内」と「外」の接近である。そして「内」と「外」の区別の希薄化は,「学校」がネットワークの上のバーチャルな存在へと変わっていく方向である。到達する構図は,「発信局-受信者」。
 学校の各種機能──社会成員の育成(児童教育)と社会成員の伸長(生涯教育)のような──は,「(異なる情報を受け持つ)複数の受信チャンネル」という形で受け継がれる。

9.2 グループワーキング
 ネットワークは,グループワーキング/グループコミュニケーションのメディア(グループメディア)になる。ネットワーク上でマルチメディア情報をやり取りするという形で共同作業(共同学習,共同研究)が行われるわけであるが,システムがよくできていれば,互いに離れた場所にいることを忘れてしまう。人がこの形態のグループワーキングを求める理由は,時間や地理的な制約からの自由,あるいは経済性である。
 グループワーキングが異なる国にまたがるとき,それは国際交流になっている。そしてそれは,仕事をベースにしていることで,内実があり,それゆえ持続性のある交流となる。

9.3 学校と地域社会
 情報を一般者に発信することを考えたときの第一の候補は,学校の所在する地域社会である。ネットワーク絡みの事業は,行政的支援なくしては実現できない。また,学校と地域との共存共栄を考えれば当然のことである。それに,ケーブル敷設や施設・設備の導入に関わる処理事項の多さを思えば,先ずは地域社会からということになろう。さらに,学校が引き受けている「生涯教育」の生徒は,地域社会の成員である。
 地域社会の方もネットワーク化の課題を抱えている。「マルチメディア」で地域振興を図っているところもある(「情報拠点構想」)。行政・産・学の協力の気運も高まっている。実際,今日マルチメディア事業については,優先的に予算措置されることも期待できる。
 「情報デザイン」と「生涯教育」はつぎのように関わる。すなわち,学習者に本物が示されしかも負担なくそれが理解される授業──この意味で,きわめて完成度の高い授業──の実現は,「情報デザイン」の課題になる。

9.4 国際化
 国際化と情報化は,いまの時代のメガトレンドである。そしてこの二つは,「ネットワーク」をキーワードとして互いに接近する。
 ネットワークは,緻密化と拡張が同時進行する形で成長する。これは,見方を変えると,地域密着と広域的連帯の並列進行である。そして,広域的連帯の自然な延長線上に「国際化」がある。
 ネットワークの実現する国際交流は,通信,情報発信/情報アクセス,グループワーキング,オンライン会議といったように,色々である。しかし,国際交流の基本条件は,相手から評価されるものを持っている(文化,身体性も含めて)ということである。そしてネットワークが支援する国際交流の場合,「相手から評価されるもの」として持たねばならないものは,良質な情報(=良くデザインされた情報)である。

10 情報(学習材)のデザイン/発信の設備
 マルチメディア社会の到来が近い将来に見込まれている現在,教育の一等級の課題は「情報の革新」である。教材作成,授業設計には「情報の革新」というスタンスで臨むことが求められる。
 「情報の革新」の実践は,設備の充足なしには起こせない。マルチメディア情報のデザイン,そして制作した情報の発信,プレゼンテーションの設備が必要である。
 情報を人に提供する手段をもっていなければ,情報デザインの仕事は単に無駄である。したがって,「情報デザインの実践」の課題のうちには「情報提供の手段の獲得」という課題が含まれている。そしてこの課題は,過渡期には難題である。
 マルチメディア・コミュニケーションは,豊かである分,大がかりな設備を要する。マルチメディア社会では,その設備が整い個人が利用できるようになる。しかし,過渡期では,パイオニアであるためには高額の設備投資ができなければならない。

10.1 デジタルスタジオ
 今日では,「マルチメディア情報は高品位である分,手が掛かり,量産できない」とはもはや言えない。ハードウェア,ソフトウェアの進歩によって,「楽に,速く,高品位に」が実現されてきている。特に,シミュレーションや復帰が可能,修正が容易といったデジタル処理の特質が,作業においてフルに利用される。
 デジタル化による教材の一元化で,教材作成/開発,授業設計はコンピュータモニタの前で進められるものになる。ネットワークを使えば,端末コンピュータからの授業の送出もできるようになる。ここから,教材作成/開発の場,授業発信の場(放送局)として,教育の領域にデジタルスタジオが構想されてくる。
 デジタルスタジオの構成を,情報デザイン系,情報発信系,そしてデータベース系の3区分でとらえることにする。

10.1.1 情報デザイン系
 情報デザイン系は,CG(アニメーション)制作システム,サウンド制作システム,ノンリニア・オンライン・デジタルビデオ編集システム,VRシステムなどでなる。旧来のメディア上の情報をマルチメディアの上に新たにデザインし直す,または全く新しい種類の情報を創作する作業のための設備である。
 VRシステムは,非在の世界を現前させるという使い方もできるが,実在の世界をシミュレートするという使い方で特に力を発揮する。

10.1.2 情報発信系
 情報発信系は,グループワークシステム(テレビ会議システム),バーチャルスタジオシステムで構成される。ネットワークグループワーキング,遠隔教育,および放送を行うための設備である。バーチャルスタジオシステムは,被写体とCGスタジオセットを合成しシンクロさえるもので,これによりスタジオセットを実際につくらなくて済む(§5.1.3.2)。
 また,この情報発信系の設備は,それを導入した学校を教育ネットワークの拠点として機能させることができる。これは,その学校の「国際化」──「情報化」と並ぶもう一つのメガトレンド──へのアプローチにもなっている。

10.1.3 データベース系
 データベース系は,マルチメディア・データベースである。情報や資源の蓄積・管理は,マルチメディア・デジタルデータベースの形で,一元的にスマートに解決される。
 情報デザイン系は,マルチメディア・データベースを素材データベースとして使うことができる。コラージュの手法のみで用途に見合った情報デザインができてしまうことも多いので,データベースの充実は即効的である。 

10.2 プレゼンテーション設備
 情報デザインの仕事は,制作した情報が人から使われてはじめて完結することになる。情報を人に発信する手段がなければならない。
 授業は,情報を人に発信する一つの形態である。授業がマルチメディア情報の発信である場合には,「マルチメディア教室」が要る。
 マルチメディア教室──マルチメディア情報(マルチメディア教材)を扱う授業を実現する設備──の要素は,映像表示装置(プロジェクタとスクリーン),音響装置,照明装置(ブラインド装置を含む),そしてプレゼンテーション全体をコンピュータ制御する制御卓である。
 プロジェクタは,大型で高品位(高精細度・高輝度)であることが条件である。マルチメディアの力を十分に発揮させるには,高品位大型サイズの画面が要求される。(迫力ある大型画面と音響効果によって,学習者はスクリーンと一体化し,マルチメディア情報の中に「没入」する。)

11 遠隔教育
11.1 遠隔教育
 離れた場所にいる人にネットワークを通信手段として教育を施すことを,「remote education 」の翻訳として「遠隔教育」の語が用いられている。しかし,この言い回しはミスリーディングである。ネットワークの上では「遠い-近い」がない。通信速度が十分高速なら,「ここと離れている」という点では遠隔地も隣の部屋も同じである。「ここではない」だけが要点である。
 設備が同じという条件の下で,遠隔教育はすべての地に居る学習者に等価である。学内,区内,市内,県内,国内,国外といった区別を立てることが無効になる。遠隔教育で見える「世界」はただただフラットである。

11.2 遠隔授業
 遠隔教育は,基本的に「遠隔授業」のイメージでとらえられている。授業者がスタジオにいて,学習者のいるクラスに「放送」される。単に「教育放送」でないのは,「通信の双方向性」と「成績評価データベース」という点においてである。
 遠隔授業システムは,基本的にネットワーク・グループワーキング・システム(要するに,テレビ会議システム)である。授業者と生徒のやりとりを,授業者と生徒のグループワーキングとして処理できるからである。
 生徒が集団の場合,生徒ひとりひとりに端末をあてがうやり方の他に,一つの大型ディスプレイを全員の端末ディスプレイとして使う方法がある。「学習空間の共有」ということを大事にするやり方である。
 遠隔授業システムは,リアルタイム画像伝送,大画面高品位(ハイビジョン)映像,マルチ画面,多地点(サテライト)間交信,教育機器の遠隔操作,といった方向で,進化していくと見込まれる。

11.3 テレビ職員会議
 遠隔教育では,スタジオ施設の問題が解決されれば,授業者がひとところに集まっている必要もない。彼らはバーチャルに集っていればよい。特に,職員会議はテレビ会議が自然である。


おわりに
 マルチメディア・コミュニケーションの実現を企画する教育システム構想は,マルチメディア社会のインフラそのものを「システム」のうちに含めるのでなければ,無効である。「システム」の概念をそこまで拡張しなければ,「マルチメディア・コミュニケーションの実現」を主題化することはできない。
 おおげさな物言いをしているのではない。「システム」の意味の矮小化は,ミスリーディングである。「マルチメディア・コミュニケーション」の実現は「少しから始める」というようにはいかないのだ。紙と鉛筆によるコミュニケーションも,われわれは普通意識していないが,とんでもない規模のインフラの上に成立している。
 現在は,マルチメディア・コミュニケーションのインフラが形成されつつある過渡期である。われわれは「身」をもってこのインフラ形成に加担している。そこで「あたま」のすることは,「システム」の語の射程を考えることだ。
 教育工学的なスタンスにおいても,いまは「システム」をハードウェアとソフトウェアのセットのように捉えることは控えるべきだ。「システム」の概念は,人間がヴィヴィッドに行動している社会的システム全体へと拡張する。
 本論考では,現在大方からマルチメディア社会のインフラと目されているものを整理し,教育システム構想の概念枠組みとして特定しようとした。
 ここしばらくの「情報デザイン」の実践は,言語作りである。すなわち,近い将来のマルチメディア・コミュニケーションに使われるであろう言語の作成である。そしてもちろん,「言語作りのシステム考」もあり得た。それは「システム」をハードウェアとソフトウェアのセットのように捉えることのできるスタンスである。しかし,そのかわり,現時点では「教育」を主題化できないスタンスである。