Up 5.1 数学教育実践論の二分法  


     数学教育実践論の問題領域は,大きく,
      (1) テクスト(註)への反応理論と,
      (2) この理論を援用しつつ行なう指導案作成の実践論(狭義実践論)
    の二つにわけられる──わたしはこのように考えよう。

     (1) は伝統的に"教授/学習"理論と呼ばれてきたものに対応するが,"教授","学習"という特権的なスタンスが存在するわけではないということを強調する目的で,"テクストへの反応理論"という言い回しを用いることにする。

     "教える"とはただ単に,一つの〈他者への働きかけ〉である。"教える/学ぶ"とは,生活形態の一つである。教師は,学習者のためによかれとして一つのテクストを作為する。これが"教える"である。"教える"とは"何かを教える"ではない。なおのこと"真実を教える"ではない。

     "本当か嘘か"という問題の立て方をすれば,教師は学習者に"嘘"を教えている。どういうことか?──つまりこういうことである:本当も嘘もないところで教師は《本当を教える》というスタンスをとる;このことにおいて教師は"嘘"をついている。

     教師は自らが作為したテクストに直ちに裏切られる。(この感覚を持たない教師は単に鈍感ということだ。)教師がテクストを作為することそれ自体がテクストになる。教師と学習者は個々にこのテクストに反応する。そしてこの反応がまた新たにテクストを創出し,随伴的に先行テクストを消し去る。


    (註) §2.1.2,(註2)。