0.1 “現行”の改革



 何事でもそうですが,一旦規格というものが定められ,“現行”ができあがってしまうと,それを改めることは非常に困難になります。

 例えば,在来線の軌道の幅は今日では狭過ぎるものになっていますが,これを“修正”という形で改めることはできません。社会がこれの上でリアルタイムに動いており,この動きを一時的にでも中断させるわけにはいきません。

 “在来線の改良”の範疇には,軌道の幅の修正は含まれていません。実際,在来線の改良──車両の改造,ダイヤ改正,トンネルや橋の工事といったもの──は,結局のところ,軌道の幅を在来のものに固定化する方向に作用します。

 軌道の幅を改めるには,“新幹線”という形で新しい規格を局所的に導入し,地域を徐々に拡大し,やがて優位をかえていくというやり方しかありません。

 さらに,“新幹線”というカルチャーの導入はサブ・カルチャーやカウンター・カルチャーの導入ではあり得ません。それは,ひとが“変えられるものならこっちの方がよい”と一様に認めるカルチャーの導入でなければなりません。そして,“変えられるものならこっちの方がよい”となるのは,在来線によって得られることは全て得られ,さらにプラスがあることによってです。在来線の限られた駅しか覆っていないとか(サブ・カルチャー)とか,在来線の駅には行けない(カウンター・カルチャー)というのでは,“変えられるものならこっちの方がよい”にはなりません。

 数学教育の場合も同様です。算数/数学科の指導には“現行”がありますので,数学教育を改めようとする試みには,
  1. “現行”を前提にすることで“現行”を固定化するタイプのものと,
  2. “新幹線”の併行的導入タイプのもの
の二種類が区別されます。

 さて,わたしの認識するところ,数学教育の“在来線”には種々の不都合があります。しかも,学習者を数学から遠ざけ“数学離れ”を結果するような“不都合”です。“数学教育は“新幹線”の企画をそろそろ始めてもよい時期です。そしてとりわけ数指導に対して必要であるように思われます。