Up 論争の選手交代 作成: 2012-01-09
更新: 2012-01-10


    1あたり量 × いくつ分 は,なぜこの順序でなくてはならないのか?」の論難に,遠山主義者は答えを返すことができない。
     論難 : 「1皿にリンゴ2個では3皿で何個?」の問題に対し,わたしは「いくつ分 ×1あたり量」のつもりで「3×2」と立式する。 なんとなれば,「×」を間にはさんだ「1あたり量」と「いくつ分」の二通りの並べ方では,どちらが正しいという理屈が立たないからである。」
    そこで,遠山主義者は,「かけ算の順序はどちらでもよい」「かけ算の順序はこだわらないでよい」になる。
    論難は,相手を失う。

    また,「かけ算の順序」論争の進展がどうであろうと,学校数学の「1あたり量 × いくつ分」はずっと続く。 論難は,独り相撲になる。
    論難は,自ら飽きる。
    実際,論難は,相手をもてなければ,自ら飽きるしかない。 理論として立てられるものを自分では持っていないからである。

    こうして,論争の両サイドで,論者が退いていくふうになる。

    しかし,論争に参入する新人が,つねに出てくる。
    そして,同じことが繰り返される。

    論争は,延々と続く。