Up | おわりに | 作成: 2012-02-04 更新: 2012-02-04 |
すなわち,「分数のかけ算・わり算」の授業の困難の核心は,学校数学の「分数のかけ算・わり算」が,<喩え話> (「1と見る」「形式不易の原理」) と<こじつけ> (循環論法) で構成するふうであって,数学になっていないことにある。 このことを捉えられるためには,数学の「分数のかけ算・わり算」がわからねばならない。 しかし,授業者は,数学の「分数のかけ算・わり算」を知らない。 そこで,授業者は,授業の困難の理由を捉え損ねる。 授業の困難の理由を,自分の力不足や,生徒の力不足に帰すわけである。 生徒の方も,学習の困難を自分の力不足に帰す。 学校で授業されている「分数のかけ算・わり算」は,学校数学の「分数のかけ算・わり算」である。 数学の「分数のかけ算・わり算」ではない。 学校で授業されている「分数のかけ算・わり算」が学校数学の「分数のかけ算・わり算」であるとわかるためには,数学の「分数のかけ算・わり算」がわからねばならない。 そこで,本論考を以て,つぎのことをしようとした:
本論考は,「分数のかけ算・わり算」の授業の困難を除くためのものではない。 困難が何かを理解するためのものである。 「分数のかけ算・わり算」の数学との対比を論考の形にしているが,それはこの数学の理解が,授業の困難が何かの理解そのものになるからである。 |