「テンソル」のついた標題で最も目立つものの一つに,「計量テンソル」がある。
「テンソル」の意味がわからずモヤモヤしている学習者には,「計量テンソルがわかればテンソルがわかりますよ」の誘いのように見えてくる。
ところがこの「計量テンソル」こそ,テンソルから最も遠いものの一つである。
したがって,テンソルの学習にとっては,最も始末の悪いものの一つとなる。
「テンソル」のテクストに「計量テンソル」載せるときは「これは偽テンソルだ」と断ってくれたらよいのだが,テクストの書き手にも「偽テンソル」の意識が無いので,どうしようもない。
「テンソル」の意味は,「線型空間のテンソル積に表現されるもの」である。
テンソル積は,線型空間の「因数分解」みたいなもので,つぎがこれの文脈である:
「線型空間 \(W\) は,線型空間 \(V_1, \cdots, V_n\) のテンソル積と同型:
\( W \cong V_1 \otimes \cdots \otimes V_n \) 」
「計量テンソル」は,このような構造とは無縁である。
では,なぜ「テンソル」と呼ばれるのか。
行列形式に表現されるからである。
行列形式を「テンソル」と呼ぶ慣習がある。
この慣習は,数学による「テンソル」の定式化からは,はみ出るものになる。
昔の「行列」のテクストには,堂々と「行列とは表のことである」と書くものがあった。
「行列」が線型変換の表現として意味づけられるようになるのは,結構近年のこととなる。
そして,「テンソル」のいまの状況は昔の「行列」と同じ,というわけである。
ベクトル
\[
{\bf x} = ( x^1, \cdots , x^n )
\]
の大きさを,つぎのように定義する:
\[
| {\bf x}|^2 = (x^1)^2 + \cdots + (x^n)^2
\]
そしてこれに「内積」の形式を見る:
\[
\begin{align*}
| {\bf x}|^2
&= (x^1)^2 + \cdots + (x^n)^2
\\&= ( x^1, \cdots , x^n ) \cdot ( x^1, \cdots , x^n )
\\&= {\bf x} \cdot {\bf x}
\end{align*}
\]
そこで,\({\bf x}\) のもともとの表現──基底の線型結合──に戻って,内積をやる:
\[
\begin{align*}
{\bf x} \cdot {\bf x}
&= (x^1\,{\bf e}_1 + \cdots + x^n\,{\bf e}_n) \cdot (x^1\,{\bf e}_1 + \cdots + x^n\,{\bf e}_n)
\\&= \sum_{i, j} ( x^i\,x^j )\ ( {\bf e}_i \cdot {\bf e}_j )
\end{align*}
\]
ここに
\[
g_{ij} = {\bf e}_i \cdot {\bf e}_j
\]
とおいて,
\[
| {\bf x}|^2
= {\bf x} \cdot {\bf x}
= \sum_{i, j} g_{ij}\, x^i\,x^j
\]
これは,《\(g_{ij}\) の値の設定をいろいろ変えることで,いろいろな計量をつくれる》を示唆する。
こうして,「計量の核心は \(g_{ij}\) だ」となる。
\(g_{ij}\) は,添字が二つなので,「行列」の形に書ける:
\[
\left(
\begin{array}{ccc}
g_{11} & \cdots & g_{1n} \\
& \cdots & \\
g_{n1} & \cdots & g_{nn} \\
\end{array}
\right)
\]
そして,「計量」がつぎの形に書ける:
\[
| {\bf x}|^2
= \sum_{i, j} g_{ij} x^i\,x^j
=
\begin{array}{c}
t \\
\\
\\
\end{array}
\left(
\begin{array}{c}
x^1 \\
\vdots \\
x^n \\
\end{array}
\right)
\left(
\begin{array}{ccc}
g_{11} & \cdots & g_{1n} \\
& \cdots & \\
g_{n1} & \cdots & g_{nn} \\
\end{array}
\right)
\left(
\begin{array}{c}
x^1 \\
\vdots \\
x^n \\
\end{array}
\right)
\]
そこで,行列形式を「テンソル」と呼ぶ慣習に則り,\(g_{ij}\) を「テンソル」と呼ぶ。
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