点集合としての“現空間”──Eで表わす──に対し,変位(ベクトル)の集合DをEに随伴するものとして考える。
日常語の“変位”については,
(a) |
任意の二点X,Yに対し,“Xに対するYの変位”というものを対象化できる. |
また,“変位”の語は“何に対する何の変位”のように使われるのが専らではありません。即ち,
(b) |
任意の一点Xと任意の変位xに対し,Xに対する変位がxであるような点Yが対象化できる. |
という具合に,変位はそれのみで独立して存在しているものとしても,扱われる。
いま,変位全体の集合Dを仮構し,上の要件 (b) を,
Eの任意の要素XとDの任意の要素xに対し,結果としてEの一つの要素Yをもたらすような“Xに対するxの作用”がつねに定義される.
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という形に表現します。即ち,“Eの要素に対するDの要素の(つねに定義される)作用”の概念を導入します。この作用を右作用として
+:(X,x) X+x;
E×D ─→ E
任意のX,YEに対し,X+x=YとなるxDが一意的に存在する. |
というようになります。
日常語の“変位”については,さらに,
(α) |
任意の二つの変位x,yに対し,xとyの合成としての変位zを対象化することができる. |
(β) |
任意の変位xと任意の実数ξに対し,xのξ倍としての変位を対象化することができる. |
いま,要件 (α),(β) を,それぞれ,“Dの(内)算法の存在",“Dの要素に対する実数の(つねに定義される)作用の存在”という形に表現します。そしてDの内算法を
+: |
(x,y) x+y;
D×D ─→ D,
|
×: |
(x,ξ) x×ξ;
D× ─→ D
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のように書く(は実数全体の集合を表わす)。
日常語の“変位”では,変位の合成は結合法則,交換法則が成立することになっており,また各変位に対しそれを解消する変位が存在することになっています。
変位の解消は変位の合成であるから,算法+を導入した手前,その結果もまた一つの変位であると約束しておいた方が形式操作上都合がよい。そこで,零を導入します。零は,“任意の変位xに対し,xとこれの合成はx”という条件で特徴づけられます。
以上のことからわたしたちは,Dにおける(内)算法+をつぎの条件を満たすものとして定式化する:
(x+y)+z=x+(y+z)
x+y=y+x
Dの要素aで,任意の要素xに対しx+a=xとなるものが存在する──aを 0 で表わす.
各要素xに対し,x+y=0 となる要素yが存在する──yを−xで表わす.
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(D,+)
は(可換)群である”と定式化していることになります。
実数のここでの意味は,変位に対する倍です。
“倍”については,和と合成を考えることができます。この和,合成はそれぞれ,実数の(内)算法の+,×と一致します。しかも,わたしたちは《実数=倍》の意味において
システム (,+) は(可換)群である.
システム (*,×) は(可換)群である.
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(ここで*=\{0}(註1))ということにし,また+と×の間には分配法則
(ξ+η)×ζ= (ξ×η)+(η×ζ)
が成り立つということにしているが,これはの構造の通常の捉え方:“システム
(,+,×)
は(可換)体である”と一致します。実際,実数体はもともと倍の構造の定式化なのであるから,これはアタリマエです。
さて,Dの要素に対する実数の作用×については,わたしたちは
(x×ξ)×η=x×(ξ×η)
(x+y)×ξ=x×ξ+y×ξ
x×(ξ+η)=x×ξ+x×η
が成り立つとしています。
Dとについてのこれまでの条件にこの条件を加えるとき,わたしたちはシステム
((D,+),(,+,×),×)
を実線型空間 (実数体 (,+,×) 上の線型空間) として定式化したことになります。
最後に,Eの要素に対するDの要素の作用 + についてわたしたちは
(X+x)+y=X+(x+y)
が成り立つとしています。
これをこれまでの条件全てに加えるとき,わたしたちはシステム
(E,((D,+),(,+,×),×),+)
を実アフィン空間として定式化したことになる(註2)。
なお,誤解の恐れのないときには,表記 ((D,+),(,+,×),×),(E,((D,+),(,+,×),×),+) の代わりに,それぞれ表記(D,),(E,D,)を使っていくことにします。
(註1) 二つの集合X,YZに対し,X\Yは{xZ|xXかつxY}のように定義される集合。
(註2) 記述の上では,アフィン空間Eがベクトル空間D込みで成立する概念であるのに対し,ベクトル空間Dはアフィン空間の概念を要しません。しかし,“現空間”の契機ということでは,EとDは同時です。
即ち,一方が他方から導かれるというのではなく,相互依存的な関係にある。──実際,ベクトルは二点(始点と終点)に対して考えられるのみです。
そして所在としての二点は,位置の違い(=変位(ベクトル)の存在)として現前している事態です。
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