Up | 学校数学の意義の問いの発生と消沈 | 作成: 2009-09-08 更新: 2011-10-20 |
一般に,現前・所与に対しては,ひとは専ら<いかに>で応ずる。<なに・なぜ>は閑却する。 学校数学もこうなる。 一方,ひとは学校数学に対し,<なに・なぜ>の問いを一度は立てることになる。 すなわち,学校数学は,個人にとって,不具合・矛盾になる。 壁となって立ちふさがる。 疎遠な世界となって迷わす。 そしてこのとき,<なに・なぜ>が問題意識にのぼる。 ──「数学の勉強は何のため?」 しかし,<なに・なぜ>の問いは,自分の中で宙ぶらりんの状態になる。 ──<なに・なぜ>を思念しても,らちがあかない。 ひとから答えられることもない。 答えが出てこないのは,答えがむずかしいからである。 そして,<なに・なぜ>の問いを宙ぶらりんのままにするしかない者は,<なに・なぜ>の問いを自ら無くしていく。 |