Up | 「学校数学は進歩しない」となぜ言える? | 作成: 2013-01-04 更新: 2014-02-20 |
学校数学が《数学を教える》になれないことを言うには,《数学を教える》の必要条件であって充足されないものがあることを言えばよい。 そして,これには「教員」を挙げればよい。 学校数学に関しては,教員は進歩しない。 教員は,過去の教員の到達レベルに到達できるかできないかである。 このレベルを超えることがあるとしても,それは極く僅かの教員がこのレベルを極く僅かに超えるというものである。全体に影響するところではない。 先人の経験値のうちには,後進が学習できるものがある。 しかし,このことに,「後進は先人を超える」の含蓄はない。 実際,このときの「学習できる」の意義は,「他のことに振り向けられる時間をもてるようになる」である。 そして,後進が「他のことに振り向けられる時間」を持てることによって先人を超えることになるかといえば,そうはならないのである。 なぜか? 「他のことに振り向けられる時間」は,「超える」に関しては無用・無駄に使われるからである。 無用・無駄に使うつもりは毛頭無いが,結果として,無用・無駄に使った格好になるのである。 これはどういうことか? 「超える」は並大抵のことでない,ということである。 |