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福岡伸一 (2007), pp.145.146
[ショウジョウバエの形態形成から]
細胞塊はラグビーボールのような紡錘形をしている。
将来、どちらの側が頭になり、どちらの側が尾になるか、この段階ですでに決められている。
このとき、頭になる側の細胞から、ビコイド (bicoid) と呼ばれる特別な分子が放出される。
それはちょうど、水槽の一隅に投じられた過マンガン酸カリのように速やかに拡散を開始する。
ビコイドは発生段階のわずかな一瞬だけ放出されるが、ランダムな熱運動を凌駕するに足る分子数があるので、"平均すると",頭から尾にかけて美しい濃度勾配を形成することになる。
ビコイドはそれに触れた細胞に対して、次の段階の分化命令を与えるシグナルとして働く。
ここが不思議なところだが、細胞の側にはおそらくビコイドに対する感受性に段階的な閥値が存在するのであろう、ビコイドの濃度勾配に対して階段状の応答を示してそれぞれ分化を開始する。
それが結果的に姐虫の各分節を形成することになるのである。
一方、ビコイドの濃度勾配をラグビーボールの背中側から見ると、拡散は縦方向だけでなく、左右にも均等に広がっていくことになる。
これが分化のシグナルの左右対称性を与えることになる。
このような現象を目の当たりにすると、生物が示す形態形成の根拠には、分子の拡散がもたらす濃度勾配やその空間的な広がりなど、ある一定の物理学的な枠組みがあることが見て取れる。
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- 引用文献
- 福岡伸一 (2007) :『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書 1891), 講談社, 2007
- 参考/情報サイト
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