Up 白玉赤玉の入った箱を振る 作成: 2022-06-27
更新: 2024-07-29


    白玉赤玉をそれぞれ多数,箱に入れる。
    そして箱を振る。
    降り続けていると,白赤が均等に混じった状態に至り,その後偏った分布に戻るということは無い。


    このことは,「均等な分布の確率は高く,偏った分布の確率は低い」で説明される。
    では,どうして「均等な分布の確率は高く,偏った分布の確率は低い」のか?
    これは「場合の数」で説明される。

    「場合の数」とは:
        <分布 \( A \) になる球の配置>の数 \( n(A) \)
    \( A \) が均等な分布のとき \( n(A) \) は大きく,\( A \) が偏った分布のとき \( n(A) \) は小さい。
    これが,「均等な分布の確率は高く,偏った分布の確率は低い」の中身である。

    「場合の数」は,「要素の組み合わせの数」として計算される。
    ここでの白玉赤玉の例だと,分布 \( A \) になる球の配置を,球の組み合わせに表現して,組み合わせの数を計算する。


    計算では,条件をいろいろ設定することになる。
    特に,「偏り」をどう表現するかが,考えどころになる。
    簡単な表現を用いれば,計算が簡単になる。
    ──「簡単な表現」とは,若干の非現実的・曖昧な点は目をつぶるということである。


    赤玉白玉の個数を,同数の \( N \) とする。
    そして,箱の中の白玉赤玉の偏りを,
      <箱の左半分にある白玉の数 \( n \)>
    で表現する。
    偏りの最大は \( n \) が 0 と \( N \) のとき,そして偏りの最小 (均質) は \( N/2 \) のとき,というわけである。

    箱の左半分にある白玉の数が \( n \) となる「場合の数」を,\( W( n ) \) で表そう。
    箱の左半分では,白玉が \( n \) 個のとき,赤玉は \( N - n \) 個。
    よって \( W( n ) \) は,白玉 \( N \) 個から \( n \) 個をとる組み合わせの数と,赤玉 \( N \) 個から \( N - n \) 個をとる組み合わせの数の積になる:
      \[ W( n ) =\ _{N} C_{n} \times _{N} C_{N - n} =\ ( _{N} C_{n} )^2 \]

    W( n ) は,とんでもなく大きな数になる。 「場合の数」として捉えるには,このままでは不便である。 そこで,大きな数を扱うときの常套を用いる。 即ち,対数 (桁数) で表現することにする:
      \[ S( n ) =\ log\ W( n ) \]

    S( n ) の表現のよいところは,これのグラフまで書けることである。
    やってみよう。
      \[ \begin{align} S( n ) &=\ log\ ( _{N} C_{n} )^2 \\ &=\ 2\ log\ \frac{ N! }{ n! (N - n )! } \\ &=\ 2\ ( log\ N! - log n! - log (N - n )! ) \\ \end{align} \]
    スターリングの近似公式を用いて
      \[ \begin{align} \frac{ S( n ) }{ 2 } &=\ ( N\ log\ N - N ) \\ &\quad - ( n\ log\ n - n ) \\ &\quad- ( (N - n )\ log\ (N - n ) - (N - n ) ) \\ \\ &=\ N\ log\ N - n\ log\ n - (N - n )\ log\ (N - n ) \\ \end{align} \]
    さらに変形して
      \[ \begin{align} \quad &=\ - n\ log\ n + n\ log\ N \\ &\quad - (N - n )\ log\ (N - n ) + (N - n )\ log\ N \\ \\ \quad &=\ ( - n )\ ( log\ n -\ log\ N ) \\ &\quad - (N - n )\ ( log\ (N - n ) - \ log\ N ) \\ \\ \quad &=\ ( - n )\ log\ \frac{ n }{ N } - (N - n )\ \bigl( log\ ( 1 - \frac{ n }{ N } \bigr) \\ \\ \quad &=\ - N \bigl(\ \frac{ n }{ N }\ log\ \frac{ n }{ N } + \bigl(1 - \frac{ n }{ N } \bigr)\ log\ ( 1 - \frac{ n }{ N } \bigr) \bigr) \end{align} \]
    ここで
      \[ p( n )\ =\ \frac{ n }{ N } \]
    とおき,\( S( n ) / 2 \) を改めて \( S(n) \) と措くと,
      \[ S( n ) = - N\ (\ p( n )\ log\ p( n ) + ( 1 - p( n ) )\ log\ ( 1 - p( n )\ ) \]

    こうして,\( S \) のグラフは
      \[ y = x\ log\ x + ( 1 - x )\ log\ ( 1 - x ) \]
    のグラフがこれの雛形になる。


    \( y = x\ log\ x + ( 1 - x )\ log\ ( 1 - x ) \) のグラフは,つぎのようになる:
\( y = x\ log\ x + ( 1 - x )\ log\ ( 1 - x ) \) のグラフ

    そこで,つぎが \( S \) のグラフ:


    グラフは \( n = N / 2 \) を軸にしてで左右対称であり,そして \( n = 0 \) から \( n = N / 2 \) までの区間が,
      箱を降り続けていると,白赤が均等に混じった状態に至り,
       その後偏った分布に戻るということは無い
    に対応している。
    そこで,つぎを \( S \) のグラフにする:

    白玉の数nは,<乱雑さ>──<偏り最大>から<偏りが無い (均質)> まで──の表現である。
    そして \( S \) は,乱雑さn に,n を現す<球の状態>の数 (それの桁数) を対応させる関数である。
    よってこのグラフの軸の呼び方は:
      横軸は,<乱雑さ>
      縦軸は,<状態数>


    \( S \) のグラフに特徴的なのは,傾きの変化のしかたである。
    <乱雑さ>の増大に対し傾きは単調減少し,<乱雑さ>の最大で0になる。
    この傾きは,何と呼ぶのがよいか?

    ここで,統計力学の「エントロピー」を引くことになる。
    実際,\( S \) は,「エントロピー関数」と呼ばれるものになっている。


    エントロピー理論では,<乱雑さ>と<状態数>を,それぞれ「熱エネルギー」「エントロピー」と呼ぶ。
     註: ひとは「エントロピー」を<乱雑さ>のことだと思っているが,<乱雑さ>に対応するのは「熱エネルギー」である。

    <乱雑さ>に「熱エネルギー」のことばを与える理由は?
    エントロピー理論は,「系は乱雑さ最大へ不可逆的に進み,そして乱雑さ最大は系の死である」を存在論にする。
    そして,死へと不可逆的に進む形を,「熱エネルギーに変わっていく」にする。,

    この「熱エネルギーに変わる」は,「そのかわりに,残った方は温度が下がる」である。
    こうして,乱雑さが増すことは温度が下がり熱エネルギーが増すことであり,乱雑さが最大になることは温度がゼロになり熱エネルギー最大になることである。
    そしてこのような「温度」に当てはまるものを \( S \) のグラフに見出そうとすれば,それは「傾き」( \( S \) の変化率) だとなるわけである。

    \( S \) の変化率は: \[ \begin{align} \frac{ dS }{ dp } &= \frac{ d }{ dp }\ ( - N\ (\ p\ log\ p + ( 1 - p )\ log\ ( 1 - p ) ) ) \\ &= - N \bigl(\ log\ p + p \frac{ 1 }{ p } + (-1)\ log\ ( 1 - p ) ) + ( 1 - p ) \frac{ - 1 }{ 1 - p }\ \bigr) \\ &= - N\ (\ log\ p +1 - log\ ( 1 - p ) - 1\ ) \\ &= - N (\ log\ p - log\ ( 1 - p ) ) \\ &= N (\ log\ ( 1 - p ) - log\ p ) \\ &= N \bigl(\ log\ \frac{ 1 - p }{ p } ) \bigr) \\ \end{align} \] \[ \frac{ 1 - p(n) }{ p(n) } = \bigl( 1 - \frac{ n }{ N } \bigr) / \bigl( \frac{ n }{ N } \bigr) = \frac{ N - n }{ n } \] \( ( N - n ) / n \) は,「箱の左半分での,白球の個数に対する赤玉の個数の比」である。

かくして,白玉赤玉の入った箱は,色の偏りが導く「温度」をもつことになる。
──「色が偏っているほど温度が高く,色が均等のとき温度がゼロ