Up 「学校数学」への拘りを捨てる 作成: 2018-06-28
更新: 2018-06-28


    学校数学において,数学は死物化する。
    学校数学は,数学のためのものではなく,数学教員と数学教育学者のためのものだからである。
    数学は,彼らに扱えるものに変えられねばならない。
    例えば「かけ算割り算は数直線で」のようなことになるのは,これが数学教員・数学教育学者の納得する「数の乗法除法」だからである。


    「数学教育」を考える者は,これを「学校数学」で考えてしまう。
    「学校数学」で考えてしまうのは,「学校数学」へのこだわりがそうさせる。
    「学校数学」にこだわるのは,自分がこれで生業を立てている者だからである。
    「学校数学」へのこだわりは,我執である。

    したがって,「数学そのものへ」を立てる者は,自由人だということになる。
    人間の歴史のなかに幾度も現れてきた「教会対自由人」の対立図式が,「数学教育」にも現れてくる。

    宣長の《漢才 -対- もののあはれをしる》の含蓄は,ここにまで至る。

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