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本居宣長『古事記伝』一の巻,「訓法の事」
かにかくにこの漢の習気を洗ひ去るぞ、古学の務には有リける。
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語にかゝはらず、義理をのみ旨とするは、異国の儒佛などの、教戒の書こそさもあらめ、大御国の古書は、然人の教戒をかきあらはし はた物の理などを論へることなどは つゆばかりもなくて、たゞ古ヘを記せる語の外には、何の隠れたる意をも理をも、こめたるものにあらず。
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唯いく度も古語を考へ明らめて、古ヘのてぶりをよく知ルこそ、学問の要とは有ルべかりけれ。
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ここで,つぎの読み換えをする:
「漢の習気」「異国の儒佛など」→「学校数学」
「古」→「数学」
「語にかゝはらず、義理をのみ旨とする」は,学校数学の唱える「数学的○○」がこれにあたる。
そして,「唯いく度も数学という言語を考へ明らめて、数学のてぶりをよく知る」が, 「数学の勉強の要諦」である。
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