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本居宣長『玉くしげ』
然らば何事もたゞ、神の御はからひにうちまかせて、よくもあしくもなりゆくまゝに打捨おきて、人はすこしもこれをいろふまじきにや、と思ふ人もあらんか、
これ又大なるひがことなり、
人も、人の行ふべきかぎりをば、行ふが人の道にして、そのうへに、其事の成と成ざるとは、人の力に及ばざるところぞ、といふことを心得居て、強たる事をば行ふまじきなり、
然るにその行ふべきたけをも行はずして、たゞなりゆくまゝに打捨おくは、人の道にそむけり、
此ノ事は、神代に定まりたる旨あり、
大國主命、此ノ天下を皇孫尊に避奉り、天神の勅命に歸順したてまつり給へるとき、天照大御神高皇産靈大神の仰せにて、御約束の事あり、
その御約束に、今よりして、世ノ中の顯事は、皇孫尊これを所知看すべし、大國主命は、幽事を所知べしと有リて、これ萬世不易の御定めなり、
幽事とは、天下の治亂吉凶、人の禍福など其外にも、すべて何者のすることと、あらはにはしれずして、冥に神のなしたまふ御所爲をいひ、顯事とは、世ノ人の行ふ事業にして、いはゆる人事なれば、皇孫尊の御上の顯事は、即チ天下を治めさせ給ふ御政なり、
かくて此ノ御契約に、天下の政も何も、皆たゞ幽事に任すべしとは定め給はずして、顯事は、皇孫尊しろしめすべしと有ルからは、その顯事の御行ひなくてはかなはず、又皇孫尊の、天下を治めさせ給ふ、顯事の御政あるからは、今時これを分預かり給へる、
一國一國の顯事の政も、又なくてはかなふべからず、
これ人もその身分身分に、かならず行ふべきほどの事をば、行はでかなはぬ道理の根本なり、
さて世ノ中の事はみな、神の御はからひによることなれば、顯事とても、畢竟は幽事の外ならねども、なほ差別あることにて、其差別は譬へば、神は人にて、幽事は、人のはたらくが如く、世ノ中の人は人形にて、顯事は、其人形の首手足など有リて、はたらくが如し、
かくてその人形の色々とはたらくも、實は是レも人のつかふによることなれども、人形のはたらくところは、つかふ人とは別にして、その首手足など有リて、それがよくはたらけばこそ、人形のしるしはあることなれ、
首手足もなく、はたらくところなくては、何をか人形のしるしとはせん、
此差別をわきまへて、顯事のつとめも、なくてはかなはぬ事をさとるべし、
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