Up | カンニングの組織風土 | 作成: 2008-07-17 更新: 2008-07-17 |
この組織風土の要素は: この組織風土では,カンニングは,「悪い」ことと見られるのではなく,「ずるい」ことと見られる。 この組織風土では,カンニングは損得ゲームになる。 試験は,カンニングして<得した>者と,カンニングしなくて<損した>者をつくる。 商業経済社会では,人は損得ゲームに寛容になる。 カンニングする者は甲斐性があり,カンニングしなかった者は甲斐性がなかったのだ──となる。 この損得ゲームでは,「怠学して,カンニングで合格」が最も甲斐性のある者になる。 特に,「カンニング横行」の組織風土は,「怠学」の組織風土でもある。 ただし,怠学とカンニングの間には,一線を引かねばならない。 「怠学」を甲斐性とする考え方は,それ自体は間違いではない。 実際,大学生の時代を「人生のモラトリアム期」と定めて確信的に怠学するのは,大学の使い方の一つである。 一方,「カンニングで合格」を甲斐性とする考え方は,間違いである。 怠学は自己責任だが,カンニングは自己責任の問題ではない。 カンニングは,大学という組織,そして社会を腐らせる。 怠学する者は,カンニングする者と同じではない。 一方,カンニングする者は,結果的に怠学者である。 ──実際,カンニング学生は,試験に対する準備をしない/できないカラダをつくってしまっている学生である。 「怠学して,カンニングで合格」の組織風土は,「怠学して,カンニングで合格」を可能にしている組織風土であり,そしてそれは,試験に対する準備をしない/できないカラダをつくるようにさせる組織風土である。 こうして,「怠学して,カンニングで合格」の組織風土は,<悪循環>の形で,自分を成長させていく。 カンニング学生の怠学を増長させる要因を,「カンニング」の他にも考えていく必要がある。 たとえば,つぎのような授業の存在は,怠学増長の要因になる: |