Up | モンスター語としての「学生の不利益」 | 作成: 2008-09-11 更新: 2011-10-20 |
例えば,大学院経営に苦慮する国立大学は,大学院を「入ればいろいろ得するところ」に仕立てて,学生を誘おうとする。 教員養成系なら,「教員免許も簡単にとれますよ」を謳い文句の一つにしたくなるだろう。 こんな雰囲気醸成の最中の大学院に学生が入ってくるとどうなるか? こういうケースも可能性としてはあり得るというものを,一つ示してみよう。 教員養成系学部の学生も,多様である。 この「多様」の意味の一つに,「資質・能力・準備的に教育実習が無理という学生が,必ず出てくる」というのがある。 このような学生を教育実習にそのまま行かせれば,相手の学校・生徒の被害になる。 そこで,つぎの措置がとられる: これを所与ということにして,つぎの展開を考える: このような展開が現実のものになることはないだろうが,「学生の不利益」の論点を考えるために,敢えて極端な展開にしておく。 さて,ここで見るべきは,つぎのことである:
商業主義の社会は,クライアント至上の社会であり,モンスターに対しては自分の方が引っ込んで妥協するという形を択ぶ。そしてこのことで,自らもモンスターになる。 モンスター・ペアレントを抱えて苦慮している学校は,それ自身モンスターになっている。 国立大学は,「法人化」で,商業主義を信条とする者になり,この信条に合わせて「学生の不利益」のことばを使うようになった。 そして,「学生の不利益」のことばを使い回す中で,知らずに自らをモンスターに「成長」させている。 |