Up | 「ジリ貧」の構造 | 作成: 2006-05-15 更新: 2006-05-15 |
リストラは「経済建て直しの手術」。手術をがまんして得ようとするものは,ジリ貧からの脱却。 国は,国立大学にこの先にやってくる「ジリ貧」を示し,リストラで対応することを求めた。 北海道教育大学は,国立大学法人化の課題を「財政のジリ貧に陥らないためのリストラ」のように受け止めなかった。「教員養成部門縮小の宿題に応える」のように対応した。 すなわち,「教員養成部門を縮小した5分校体制」で応じた。 これは,「ジリ貧構造をそのままにして,看板だけを変更」ということになる。 そしていま,ジリ貧がはっきり現実になってきた。 この先必要になってくるのは,ジリ貧からの脱却のための手術=リストラ。 手術を嫌がった結果,変に捻れ,そして結局は手術へ──ただし,国がそのときも手術費を出してくれたとして。 (やるときにやらなければ,後は自己責任ということになる。後れて救いを求めるのは,顰蹙もの。) ジリ貧は,我慢や根性で応じるのではない。理性で解決する。 特に,ジリ貧に際しては,正確にこれを把握することが先決。 溺れる者は,藁をも救いに見立てる。ジリ貧から脱却しようとして,計算の合わない無理/無駄なことに組織をあげて向かい出すのが,最悪のシナリオだ。 そのために,財務担当者は,計算を厳格に行い,組織の全員によるチェックに供さねばならない。責任は重大だ。 頼るものを間違ってはならない。頼るべきはただ,厳格な計算である。 |