Up 構成主義 作成: 2010-08-05
更新: 2010-08-05


    「構造をとらえる」は,「隠れているものを見えるようにする」ではなく,「そこには無いものを別につくる」である。 この意味で,対象の構成である。

    こういうわけで,構造主義は構成主義である。
    特に,構造主義のカラダは,構成主義のカラダである。

    構成主義のカラダは,対象を<構成>の方法でとらえようとする。
    <構成>が傾性になっているので,<構成>の手法が示唆・教唆されることに敏感である。 そして,それの吸収も速い。


    数学の勉強は,それのいろいろな相で,構成の手法の勉強になっている(註)
    こうして,数学の勉強は構成主義のカラダをつくる。



    例えば,専門数学のテクストは,そのままで「構成」のテクストである:

    • 理論は,章・節・項のトリー構造で展開される。 この章・節・項の展開の仕方,そして番号を付け方は,他のどの学術分野よりも機能優先的である。 他の学術分野 (例えば,数学教育学) が 1, (1), ① のように番号を付けるところを,数学は 1,1.1,1.1.1 のように付ける。 こだわるところが違うわけである。

    • 数学では,シェマは対象の構成である。理解を容易にするための図式といったものではなく,数学の対象そのものである。 数学のテクストも,シェマのこの意義を受けて,シェマを中心に据えるレイアウトする。

    • 数学の文体については,いまさら言うまでもない。 主張を「命題」の形で示し,主張が受け入れられるべきことを「論証」の形で示す。 この文体自身が<構成>を示し,そして「論証」に示されるものも<構成>である。